《MUMEI》

まさか、と肩をすくめて、一歩だけ彼に近づく。

「そのままの意味だ。」

また一歩。

「この温室は、俺が管理してるんだ。」

彼の体が、小さく震えた。また一歩。

「この花たちも、俺が育ててる。毎日、水をやりに来てるんだ。昼休みに。」

とたんに、するすると、彼の頬は色を失ってゆく。それでも、表情は少しも変わらない。もう一歩。

「それで?」
「見たんだよ、お前らの儀式。」

偶然。
いつも通り、水をやろうとドアノブに手を掛けた時。半透明のガラス越しに、艶やかな黒がぼんやりと透けていた。あわてて裏に回ると、ガラスの欠けたところがあって、そっと。本当にそっと、覗き込んだのだ。何故、自分がこんなにこそこそしているのか、だとか。
いったい、誰がこんな学校の隅の温室にいるのか、だとか。
そんな疑問は、一瞬で消え失せた。



淡い光の中。そこには、噂のジャパニーズ。
兄妹は互いに向き合い、手に白い百合を抱えていた。そして、それに唇をつけたかと思うと。
ゆっくりと食べ始めた。
白い小さな歯で、白い花弁をちぎり、咀嚼する。
赤い唇が、白を啄む。
二人は、ちょうど一緒に食べ終わり、ゆるく微笑んだ。何かに、酔ったように。
それから、抱きしめ合うように体を寄せて。


相手の首筋に。





優しく、噛み付いた。






ごくん、と喉が動く。
伏せられた睫毛が、震えている。
白い頬に

赤い筋が

一つ流れて








俺は、瞬き一つせず、眺めていた。
胸に込み上げてくるのは、嫌悪でも、恐怖でもない。ただ、感動してしまって。しばらく忘れていた、涙を零したのだ。

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