《MUMEI》
・・・・
 怨恨を塗り潰すのは、愛情故の悲しみ。世界がゆっくりとその姿を変えていく。
 刃区まで深々と刺さった腹部から、止め処なく温かな鮮血が滲みでて握りを伝う。カイルの手が、血に染まった。
 世界を埋め尽くしていた炎は消え、いまは霧雨が世界を包んでいた。その小さな雫は寄り添う二人に降り注ぎ、血に染まった身体を洗い流していく。
 伝わる温もりは、もうエリザのものではない。
 涙を溜めたカイルの瞳が、金色に染まる。そして聴こえてくるのは、愛しき人の心の声だった。
 やっと、わたくしだけの気持ちをこぼせるのね。ごめんなさいみんな、あなたたちの想いを遂げることは叶わなかった。
 ごめんなさい。それなのに、怒りよりもわたくしは兄さまへの想いのほうが強く、心を埋め尽くしているの。
 「すまない、エリザ。オレにお前を救える術があったなら――」
 どうして、兄さまが謝るのですか。
 「オレはお前を、守ってやれなかった、十年前も、今回も・・・オレが積み重ねてきた時間はなにも生み出してはいない」
 ご自分を苦しめないでください。兄さまがわたくしのためにしてくださっていたこと、すべてわかっています。だからわたくしは感謝しています。兄さまはいつまでもわたくしの誇りです。
 最も尊敬し、最もかけがえのないもの。
 わたくしは兄さまを―――
 「―――愛して、・・・・・」
 彼女の瞳に映るのは、愛し続けた兄だった。
 何かがエリザの頬にあたる。
 それが何なのか、エリザが知ることはもうない。
 当たり前となっていた、兄の胸。どれだけ焦がれてきたろうか、兄の胸の中で眠れることをエリザはこの上なく嬉しく思い、微笑った。
 どれだけ人を憎もうが、どれだけ心が汚れようが、カイルへの愛だけは変わらなかった。
 眠りは、もうすぐそこまでやってきていた。

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