《MUMEI》 3「愁、お前に客」 翌日 野衣との生活に戻り、ささやかな平穏を取り戻した矢先のことだった 仕事の最中に来客の報せ 一体誰かを伺って見れば 「叔父貴……」 客人は修二で 広瀬は相変わらず怪訝な表情を浮かべて見せ だが仕事中、他の客の眼もあってか、無下に追い払う事も出来ず 修二をカウンターへと案内し、広瀬もそこへ入った 「……何の用だ?」 一応は酒を作ってやりながら だがさっさと帰って欲しい、と用件を早々に問質す 修二の眼の前へとグラスを置いてやれば だがそれを飲む事を修二はせず、そして話す事を突然に始めた 「……愁一、落着いて聞きなさい。……兄さんが、死んだ」 「は?」 前振りもなく告げられたソレが、俄かには信じ難いもので どういう事なのか、表情で広瀬は問う 「昨日、海で溺死体として発見された」 「……それで?」 「兄さんの身体からは多量のアルコールと睡眠剤が検出された。警察は自殺と断定したらしい」 「へぇ。そりゃ災難だったな。で?アンタは俺に何が言いたい?」 酷く回りくどい言い方をされている様で 他意があるのでは、と疑えば修二は深く溜息をついていた 「私は兄さんが自殺したとは思えない。兄さんの死には、きっと何かある」 気を付けた方がいい、と忠告を残し、修二は店を後に あの男が死んだ 努めて素気なく返してはみたものの、やはりすぐには信じられずに 段々と不安が胸の内に潜んでくる 「……一体、何があった?」 一人言に呟いた処で答えが出てくる筈もなく これ以上悩んでも仕方がない、と広瀬は仕事へと戻る その広瀬へ 斉藤から大丈夫か、との声が向けられる 努めて冷静を装い、大丈夫を返しながら だが内心はやはり不安ばかりで 斉藤を促し仕事へと戻りながらも 広瀬は嫌な予感ばかりを感じてならなかった 段々と、何かが狂っていく そう感じずにはいられない いっそ自分も狂ってしまえたら、今の状況を受け入れる事が出来ればどれほど楽になれるだろう、と また馬鹿けた事を考えてしまう 「……下らねぇ」 自身を短く罵ると、広瀬は徐に壁に掛けてある時計の方を見やった 丁度、上がりの時間 斉藤へ帰る旨を伝えると、早々に身支度を整え帰路に着く だが広瀬が向かったのは自宅ではなく 何故か、宮口の事務所だった 「これは広瀬さん。この間はどうも。今日はどうかしたんですか?」 向けられる相変わらずの笑みに 何も知らない筈のないこの男が何故これ程まで冷静でいられるのかを訝しみながらも 今は問う事の方が先だ、と話す事を始める 「……テメェは、知ってたんじゃねぇのか?」 「何をです?」 「ふざけんな。あのクソ親父が死んだって事だ」 「ああ。その事ですか」 当然だ、と言わんばかりの表情が向けられ だが欠片の動揺も、焦りすら見受けられない様子に広瀬は益々訝しむ 「……宮口」 「何でしょう?」 「まさかとは思うが、テメェが奴を殺したんじゃねぇだろうな?」 有り得ない話ではないとの指摘 その問いに答える事を宮口はせず、微かに肩を揺らして見せた 「何故私がそんな事をする必要があるんですか。……姉、ですよ。アナタの父親を殺したのは」 聞かされた事実には、広瀬は驚く事はしなかった それどころか、内心でやはりといった感じだった いつかはこうなってしまうのではないか、と 「姉は、感情が昂ってしまうと何をしでかしてしまうか分からないところがあります。……ヒトを殺す事さえも、簡単にやってしまうでしょう」 実弟が語る、姉の本質 自身も手を焼いているのだ、と苦く笑う宮口へ だがそれよりも 広瀬はこの瞬間に野衣の事が気に掛った ふと腕時計を見やれば、丁度野衣が学校から帰宅する時刻 広瀬はすぐさま踵を返していた 「お帰りですか?」 掛けられた声に反してやる事もせず、広瀬はその場を後に 自宅までのそう長くはない道程が この時は何故か酷く長いものに感じられた…… 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |