《MUMEI》
流れゆくひと
.


−−−淡い、まどろみ…。



各務野や、信長が部屋から立ち去った後、わたしはいつの間にか、眠ってしまったようだった。


瞼を閉じて生まれた暗闇の中、

ユラリユラリ、と、

『なにか』が、蠢く。


遠く、近く、

大きく、小さく、

伸び縮みしながら、


低い唸り声をあげ、その『なにか』は、



朱く、閃く……。



…あの、『朱』は。


あれは、一体…。





ぼんやりと考え込んでいたとき、

わたしの方へと、忍び寄ってきたのは、


ギリギリ、ギリギリ…と、


ひそやかに、時を、刻む音。



…………あぁ。


わたしは、『飛ぶ』のだ。



あの音が、聞こえる方へ。

時の扉の、その向こうへと。





******





那古野城へと舞い戻った信長は、いつものように裏庭から、濃の部屋へ上がりこんだ。

「おーい!戻ったぞ!!」

もちろん、濃に呼びかけたのだが、予想に反して返事は無かった。

「誰もおらんのかッ!?」

再び大声をあげながら、2、3歩進み、部屋の中をグルリと見回す。

几帳の向こう側に、誰かが座っている姿が、チラリと垣間見えた。
長い裳裾と豊かな黒髪が、床の上に艶やかに広がっている。


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