《MUMEI》

その姿を見つけた信長は、ため息をつき、呆れたように言った。

「返事ぐらいしたらどうだ!?」

怒鳴りつけながら、ズカズカと几帳へ近づき、

−−−異様な空気に気づいた。


几帳の陰に腰掛けている濃は、ピクリとも動かなかった。信長があれほど大声で喚き、部屋の中を大股で闊歩しているというのに。

彼女は俯いたまま、顔をあげようとしなかった。

信長の振る舞いに、怒っている訳では、ない。失望している訳でも、ない。

ただじっと、身を固くして、なにかを待っているように見えた。

信長は神妙な顔をしながらも、几帳の傍らで静かに腰を降ろし、彼女と視線の高さを合わせた。

彼が、彼女の肩にゆっくりと手を伸ばした、


−−−そのとき。


「…相変わらずなのですね」


凛とした、涼やかな声音が響き、信長は思わず伸ばしかけた手を引いた。

その声の後、

彼女は俯かせていた顔を、ゆっくり持ち上げる。

美しい漆黒の双眸が現れ、その謎めいた光が、信長を捕らえる…。

信長は、黙ったまま彼女を見つめていた。真意を推し量るように、ただひたすら見つめ続けた。

彼女は、そんな彼に、フワリと微笑みかける。

「どうなされました?そのように不思議そうなお顔をされて…」

クスクスクス…と軽やかな笑い声が鼓膜に響く。

その艶やかな声を聞きながら、信長は睨みをきかせた目つきで、目の前の彼女の顔を見つめて、

低い声で、呟いた。



「…帰蝶か?」



押し殺すように尋ねた彼に、

彼女はなにも言わず、ただ、美しい微笑みを返していた。



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