《MUMEI》

その乙女の微笑を見て、信長は静かに呟いた。

「『渡って』来たのか」

彼の問い掛けに、彼女は小さく頷き、
赤い唇をゆっくり動かした。

「…先の世より」

鈴の音のような、軽やかな響きを聞いて信長は、ようやく彼女に心を許したようだった。

彼は、唇の端に不敵な笑みを滲ませて、「ならば!」と張りのある声をあげた。



「話を聞かせろ。お前がその目で見てきた物事全てを、な…」



いつもの強気な態度に戻った彼を眺め、

彼女−−帰蝶はゆったり微笑んで、恭しく頭を下げた。



******



−−−瞼を開いてみたけれど、

目の前には、相変わらず暗闇が広がっていた。


時折、流れゆく凍てつくような冷たい風が吹きすさぶ音と、

ザワザワと、木の葉が擦れ合うような音だけが響く。


わたしは数回瞬きをして、

暗闇に視界を馴らしていく…。


どうやら、いずこかの野山にいるようだった。

不気味な静寂が、わたしを取り囲む。



…ここは、どこ?



突如として不安が襲い、わたしは周りを見回した。

見渡す限り、山、山、山−−−。鬱蒼と木々が生い茂り、その枝の間を、風が強く通り過ぎる。

とにかく、ここが何処であるのか、確認しなければ…。

その想いだけで、わたしはゆっくり歩きはじめた。



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