《MUMEI》

帰蝶がそこまで言った時、
ようやく、信長が口を開いた。

「口惜しくないのか?」

彼の問い掛けに、帰蝶は首を傾げた。なんのことか、とでも言いたげな表情に、信長は苛立ちすら覚える。
噛み付くような勢いで、彼はまくし立てた。

「己の親が討ち取られていく様を見て、お前は悔しくはないのか?」

そう返されて、帰蝶はようやく納得したような顔をし、
それから、赤い唇を歪めてみせた。

「この戦国の世…誰が誰を討ち取っても、文句は言えません。蝮殿自身、そのように成り上がった大名のひとり」

「まさに因果応報ですわ」と、冷たくあしらった。
信長は黙り込み、真意を探るようにして、ただ目の前に座る帰蝶を見つめた。



******



打掛の長い裾をたくしあげて、足場の悪い山道を、ゆっくりと下っていく。

暗闇の中を歩きながら、わたしは考えていた。

どうしてわたしはここにいる?

わたしは、那古野城の自分の部屋で、ひとり、うたた寝をしていた。


淡いまどろみの中で、

微かに見えたものは、


ユラリユラリと、妖しく揺らめく、

朱い閃き…。


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