《MUMEI》

信長は軽く息をつき、それから口を開く。

「己の兄に父親を討たれ、その仇を婿に取らせようというのであれば、わからない話でもない。だが、お前は…それすらも、望んでいないのだろう?」

信長の言葉に、帰蝶はじっと耳を傾けていた。漆黒の双眸に彼の姿を捉え、身動きひとつしない。
反応のない彼女に苛立ちながら、信長は乱暴に頭をかいた。

「お前の望みは、どこにあるのだ?」

そう、まっすぐ尋ねられて、
帰蝶はゆるりと美しく瞬いた。

謎めいた瞳を彼に向け、

ゆったりと微笑む。

「…簡単なこと。あなたが、この日ノ本をまるごと手に入れれば、それで良いのです」

クスクス…と軽やかに笑い声を立てる。口許を袖で隠しながら、帰蝶は目元に笑みを滲ませた。
信長は眉間にシワを寄せ、「なんだと?」と尋ねた。

「どういうことだ?」

苛立った彼の声に、
帰蝶は、フッと息をついてみせ、

そうして、はっきりと答えるのだ。

「あなたは、天下を統一することが出来る器…それは、父上でも兄上でも、他の大名でもなく、吉法師…あなたにしか出来ないこと…」

帰蝶は、その瞳に妖しげな輝きを宿し、



「わたしの望みは、あなたの全て」



迷いのない抑揚で、呟くのだった。



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