《MUMEI》

相変わらずの夫の背中に、

濃は語りかけた。

「…殿は、どうしてこちらに?」

尋ねた彼女に、信長は肩越しにチラリと視線を投げ、早口に答えた。

「末森まで行っていた。オヤジに呼ばれていたからな」

素直に答えた信長に、濃は驚きつつも、「そうですか」と、答える。

「大殿様にはお会い出来たのですか?」

その問い掛けに、信長は鼻を鳴らす。

「俺が着いた頃には、すでに帰っていた。だから、那古野に来るよう言伝てて戻った。今夜中に、やって来るだろう」

横柄な口ぶりに呆れながらも、濃は、「まぁ…」と呟いた。

「左様であれば、わたしは着物を召し替えてまいりましょう。このようなみすぼらしい姿では、大殿様にお目見え出来ませぬ」

そう言って、彼女はゆっくり立ち上がった。その様子を信長は静かに眺めていたが、濃の着物の汚れを見つけ、眉をひそめた。

「…それはどうしたのだ?」

静かに尋ねた夫に、濃はひとつ瞬き、
それから穏やかに答えた。

「『夢』の中で、野山を駆けました故…」

濃の返事に、信長は珍しく驚いたように目を見開いた。黙ったまま見つめる夫を無視し、彼女は部屋の入口で、各務野、各務野や…と、よく通る声で女中を呼んだ。



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