《MUMEI》

信行は神妙な顔つきで首を傾げる。

「…兄上は昔から従者をしたがえて、あちらこちらに飛び回っていましたが、最近は美濃御前の傍に控え、那古野に留まっていると聞きました」

「一体、どういう風の吹き回しでしょう?」と尋ねる我が子に、信秀は首を横に振った。

「さっぱり分からん。あいつが何を考えているかなど、見当もつかない…」

そこまで言って、信秀は遠い目をして、「だが…」と続けた。

「美濃御前はあれ程の器量よし…上総介が入れ込むのも分からなくもないがな」

父親の台詞に、信行は曖昧に頷いた。
そして、思い起こす。

美濃から濃姫が輿入れした折り、開いたささやかな宴の席で、初めて彼女の姿を見た。

『美濃一の才女』と謳われる濃姫のたたずまいは、本当に美しく妖艶で、洗練されたものであった。

そんな彼女が、『尾張のうつけ』と悪名高い信長のもとへ嫁いで来たことに、信行は不信感を覚えた。

あれだけの美しい姫君であれば、引く手数多であったろうに、なぜこの小国・尾張の、しかも、あの信長の妻となることを了承したのか。

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