《MUMEI》
智文
夕方のラッシュ。しかし、たまたま前の人が降りたので、司智文は素早くすわった。
彼は笑顔になると、すかさず夏希の写真集を鞄から出した。
表紙の夏希に見とれる。
(かわいい!)
口を閉じたままさりげなく笑みを浮かべる夏希。肩に少し触れる程度の短めな髪がよく似合う。
ほとんど黒髪に見えるやや染めたきれいな髪。微笑みかける夏希に笑顔で応える智文は、周囲から見ればかなりデンジャラスだ。
スーツをピシッと着て、爽やかな好青年に見えるから通報はされない。
髪も長いがセンスよくスタイルが決まっているほうなので、笑顔で写真集を見ていても、誤解はされずに済んだ。
隣の席が空いた。すぐに人がすわった。清らかな香りに誘われて、智文はチラッと横を見た。
(嘘…)
若い女性だ。しかもかなり美人。バッグから文庫本を出すと、読み始めた。
(ヤバいかな?)
智文も自覚はあるらしく、写真集を鞄にしまった。
(家帰ってからゆっくり見よう)
手持ち無沙汰だ。満員電車で携帯電話を出すわけにもいかない。智文は落ち着かなかった。
特に眠くないし、やることがない。
(本は持ち歩くべきだな)
智文は隣が気になり、また横を見る。
(ん?)
気づかれた。まずい。智文はとぼけて上の広告をながめた。
しかし、彼女の表情はそんなに嫌がっていなかったと、智文は思った。
(一般ピーポーでも夏希チャンに負けないかわいい子はいるな。日本は広い)
隣の彼女は明るい茶髪でボリュームのある髪。智文は思った。結局女は黒髪か茶髪か、長いか短いかは関係なく、似合っているかどうかだ。
暇だからそんな分析を始めていた。
(ファッションは?)
惜しみなく白い肩を出し、全体的に薄着な夏服。
スリムでセクシーなボディ。ショートスカート。見事な脚線美。裸足にお洒落なサンダル。
夏希と同じ21歳くらいだろか。高校生には見えない…。
(やべ)
彼女の脚を見ていた自分を完全に彼女に見られていた。
智文は真っすぐ前を見た。余計不自然だ。
(いかんいかん)
智文は心の中で激しく頭を振った。
(夏希チャン一筋じゃないと思いは通じない)
智文は単なるファンではなく、完全に夏希に恋をしていた。だから心の浮気は許されないのだ。
27歳。だれにも打ち明けられない恋の悩み。
笑わば笑え。そんなもん37歳だろうが47歳だろうが好きなものは好き。そこに理屈が入り込む余地はない。
アニメのヒロインに恋をしているわけではない。だから、たとえ夏希が雲上人であろうと、絶対に無理な夢ということはない。
女優も人間だ。

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