《MUMEI》

私の心に潜む乙女心との格闘の結果、誘惑に負け、成田のバイト先のラーメン屋に来てしまった。
もちろん中に入るわけにも行かず、私は裏口のあたりで待っていた。

何分かすると、誰かが裏口のドアを開けた。
私はびっくりして、顔を見ると、それは成田ではない、大学生ぐらいの男だった。

「誰だっけあんた…」

そう言われて、私は顔から血の気が引いていく。


てか、距離近い…


そう思いながら、早く去ってくれないかと願っていると、相手が思い出したような顔で言った。

「あー…成田の彼女か」

「や、違いますっ」

私は慌てて言った。
だが、相手はにこにこと笑顔を振りまいてくる。

「またまたー。彼女だって胸を張ればいいものを…」

「いや、あの…」

「あいつも丁度終わったとこだから、もうすぐ出てくると思うよ。なんなら中入る?」

「いや…」

「しっかしこんなかわいい彼女を店の裏で待たせとくなんてどういう神経してんのかねー」

相手は次から次へとお構いなしにしゃべってくる。
どうしてそんな知らない相手にペラペラと口が動かせるのか。
私はだんだんと気持ちが悪くなってくる。

「坪井先輩、何ベラベラ一人でしゃべってんすか?」

そう言いながら、中から人が出てきた。

「お、ようやく来たか」

坪井先輩と呼ばれた人はにやにやと後ろを振り向く。


そういえば坪井先輩って人、前来た時いたかも…


などと私は今更ながら思った。

「お前の彼女が来てるぞ」

坪井先輩という人は、私のことを指差した。

「は?…って田中?」

成田はどうやら私のことが見えていなかったようだ。

「お前のこと待ってるんだってさ」

坪井先輩は言った。


え?ちょっと待って。一言もあんたにそんなこと言ってないんですが。


「とりあえず、ちょっと人気がない場所行こう」

と、成田は私を促した。

「人気がない場所行って、何をするのかなー?」

坪井先輩が成田のことをからかってきた。
成田はそう言われて顔をしかめる。

「何もしませんよ」

成田は冷たく言い放つと、そのままその場から離れていった。坪井先輩は笑いながら私に手を振った。
私は成田を慌てて追いながら、胸が痛むのを感じた。


<何もしません>…

か…

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