《MUMEI》
願いごと
美果は、嬉しそうな顔で智文を見ると、いきなり言った。
「良いことをしたんで、ご褒美にあなたの願いごとを、一つ叶えてあげましょう」
智文は、少し焦った。この子は何を言っているのか。
そんな智文の表情を察したのか、美果は小声で囁いた。
「大きい声では言えないけどね。あたし、実は魔法使いなの」
「はひ?」
詐欺だ。悟った。智文はわざとらしく両手を上げて伸びをする。
「願いごとねえ…」
すると、美果の後ろを指差して叫んだ。
「何だあれ!」
「ん?」
美果が後ろを振り向いた瞬間に階段を駆け下りる。
智文は、(ここで転げ落ちてはいかん。ここで転げ落ちてはいかん)と自分に言い聞かせながら、慎重に急いで階段を駆け下りた。
無事下まで行くと、駅のホームを見上げる。美果はまだ一段も下りていない。
「諦めてくれたか」
智文は、呼吸を整えながら改札口を抜けた。
「今の世の中、ホントに油断も隙もあったもんじゃないな…どわあ!」
なぜか美果がいる。
「あたしから逃げようたって、そうは行かないよ」
息一つ乱れていない。智文は目を見開いて驚いた。
「どうやってあそこから来たの?」
「瞬間移動よ」
「わかった、双子だろう。ダメだよ。姉妹で詐欺なんかしてちゃあ」
「さぎ?」
小首をかしげるしぐさもかわゆい…などと言っている場合ではない。
智文は背を向けて歩き始めた。美果は追いかけてくる。
「ねえ、つかさ君」
「え?」
智文は立ち止まって振り向いた。名前を知っている。ということは始めから調べて、ターゲットを絞り込んだ計画的な詐欺か。
「オレに何の用だよ?」
怖い顔で睨む智文に、美果は魅惑的な笑顔を向けた。
「じゃあ、司君の願いごとを一発で当てたら、あたしのことを信用する?」
「当たりっこない」
「夏希チャンとデートさせてあげましょうか?」
智文はすかさず切り返す。
「さっきオレが写真集見てたのを見たんだろ」
「デートしたくないの?」
「できるわけないじゃん」
「確かに司君が夏希チャンとデートすることは奇跡よね」
「奇跡で悪かったなあ」
「違うよ」美果は笑った。「接点がないって意味よ。でもあたしが特別に叶えてあげましょう」
智文は首をかしげた。どこまで本気で話しているのか、さっぱりわからない。
「で、いくら取る気?」
「ご褒美って言ったでしょ。お金なんか取らないよ」
予測が外れた。新手の詐欺で、もっと巧妙な罠があるのか。
智文は警戒を解かない。
「じゃあ、司君。夏希チャンとデートできたら、あたしと友達になってね」
そう言うと、美果は明るく手を振って、去っていった。
「諦めてくれたか」
智文も反対方向へ歩いていった。

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