《MUMEI》
危機一髪!
「残業できる人?」
夕方の終業間際に、課長が皆に聞いた。智文は周囲を見てから、手を上げた。
「あ、私大丈夫ですけど」
「おお、司君。じゃあ納品頼むよ。ホテル泊まっていいから」
「本当ですか?」
手に持てる小さなコンピューター部品を、車ではなく電車に乗って得意先に届ける。
時間外だからそのまま直帰だが、終電がギリギリなので会社のお金でホテルに宿泊できる。
智文は納品を済ませ、ホテルの部屋に荷物を置くと、食事をしに行った。
隣の部屋では、冨田夏希がシャワーを浴びていた。
すました顔。セクシーでスリムなボディ。健康的できれいな脚。
夏希はバスルームから出ると、髪と体をタオルで拭いていた。
ピンポーン。
「え?」
だれだろうか。夏希は白いバスタオルをしっかり体に巻くと、内から外を確認する。
「マネージャー?」
マネージャーは女性だから、バスタオル一枚でも大丈夫と思い、夏希はドアを開けた。しかし廊下にはだれもいない。
「あれ?」
彼女は半身を出して辺りを見回した。
「マネージャー?」
静かな廊下だ。マネージャーの姿は見当たらないし、隠れる場所もない。
「ちょっと、隠れんぼしてる場合じゃないからね」
返事はない。自動ロックだから夏希はしっかりドアを掴んで、裸足のままもう少し体を出した。
「マネージャー…え?」
窓を見て夏希は目を丸くした。雪が降っている。
彼女は目をパチパチさせて頭を振った。やはり雪だ。桜と雪が同時に舞うことはあるが、夏に雪が降ったことはない。
夏希はドアを放さないようにして体を廊下に出し、窓をよく見た。やはり雪だ。
静電気。
「アタッ…」
思わず手を放す。
「あああ!」
遅かった。ドアが閉まって自動ロックされた。
「やだ、どうしよう!」
夏希は真っ赤な顔で必死にノブを両手で引っ張ったが無駄な抵抗だ。
彼女は不安な顔色で廊下を見渡した。いきなり人生最大の大ピンチだ。
(どうしよう。こういう場合どうすればいいんだろう?)
顔面蒼白。服を着ていれば、フロントに行けば済むことだ。しかしバスタオル一枚では動けない。
「どうしよう…」
ワイドショーや週刊誌が頭をよぎった。恥ずかしい。露出癖があるとか面白おかしく書かれたら、女優生命も危ない。
夏希は裸足のまま廊下を右往左往した。
隣の部屋の人に助けてもらうか。しかし女性なら警戒して開けないだろうし、男性なら怖い。
助ける代わりに交換条件を出されたら…。
夏希が迷っていると、足音が聞こえてきた。人が来る。
(やだ、どうしよう…)
逃げられない。夏希はドアのほうを向き、唇を噛んだ。

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