《MUMEI》
出会い
智文はドキッとした。最初はお化けかと思った。よく見るとバスタオル一枚の若い女性。裸足。どうやら女の子が絶対やってはいけないドジを踏んでしまったらしい。
彼は優しく話しかけた。
「あ、ドア閉まっちゃったんですか?」
「…はい」夏希はドアのほうを見ながら頷いた。
「大丈夫ですよ。フロント呼んであげます」
「ありがとうございます」
夏希の顔は真っ赤だ。恥ずかしいなんてものではない。しかし優しそうな男性なので、少しホッとした。もちろん油断は禁物だ。
智文はドアを大きく開けると、夏希に笑顔を向けた。
「どうぞ、電話使ってください。オレはここにいますから」
なんという紳士。夏希は感激した。
「いえ、あなたも部屋にお入りください。信用します」
目が合った。
(かわいい子じゃん!)
智文は、ドラマでもなかなかない刺激的な場面に、早くもエキサイトしていた。
夏希が先に部屋に入り、智文はドアを閉めた。
「どうぞ、電話使ってください」
「ありがとうございます。お借りします」
ようやく気づいた。
「え?」
まさか。そのまさかだ。智文の熱い視線に、夏希は緊張した。
「あの、もしかして、冨田夏希さんですか?」
夏希は一瞬迷ったが、助けてもらうなら嘘は良くないと判断した。
「あ、はい」
「あ、あの、オレ、僕。夏希チャンの熱烈大ファンなんです」
「あ、どうも」
怖い。いざとなれば恩人とはいえ右ストレートしかない。夏希は身構えた。
「あ、そうだ」
智文は浴衣を出すと、夏希に差し出した。
「どうぞ、これ着て。まだ使ってないから」
「あ、ありがとうございます」
夏希は感動した。この人は本当のファンだ。彼女は顔を紅潮させると、浴衣を受け取った。
バスタオルの上から急いで浴衣を身に着ける。帯をしっかり結ぶと、フロントに電話した。
そわそわする智文。一生に一度あるかないかのチャンスだ。しかし、あまりにも急な出来事。何をしていいかわからない。「ご趣味は?」と聞いてポイントを下げるわけにもいかない。
夏希が電話をし終えると、智文は聞いた。
「あの、自動ロックって知ってたの?」
「違うんですよ。チャイムが鳴ったから内から外確認したらマネージャーだったんで、ドア開けたんです」
「マネージャーって、女の人?」
「もちろんです。男なら開けませんよ」
夏希はおなかに手を当てた。愛しの人と今二人きりで会話している。智文は額に汗が光った。
「でも、ドア開けたらマネージャーがいないんですよ。で、体出して廊下見てたら、窓の外に雪が降ってて」
「雪?」
「はい。夏に雪が降るわけないと思って、びっくりして見てたら、静電気が走ってドア放しちゃったんです」
「そっか…」
一生懸命話す夏希。初めて生で見る夏希。かわいくてたまらない。

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