《MUMEI》 電話先はどうやら警察の様で 広瀬は全て自身だけで背負うつもりなのか 丁寧にも住所と名前を名乗ってやり、一方的に電話を切っていた 野衣が驚いた様な顔をしながら広瀬へと近く寄って行けば その腕が強く引かれ、野衣の唇へ触れるだけの口付けを送る 「……傷、付けてごめん、な。でも大丈夫、だから。俺が、全……」 広瀬の言葉も途中に、表戸が慌ただしく開く音が聞こえる その音に広瀬の表情が瞬間、安堵した様なソレへと変わり 二人の居るソコヘと警官らしき人物の姿が見えるなり 広瀬はまるで野衣を人質に取ったかのようにその身体を拘束していた その足元には母親の刺殺体 そして野衣の身を抱き、包丁をその喉元へと突き付けている様を見れば 誰しもが、この全ては広瀬が仕出かした事だと思い込むだろう その目論見通り、警察は広瀬を殺人犯だとでも思ったのか、野衣を解放するよう銃を向け牽制してくる 「……これで、大丈夫、だな」 野衣の耳元で、広瀬の掠れた声 だがその声はすぐに消え、広瀬の身体はその場に崩れ落ちていった 野衣の身はすぐに解放され、すぐ様警官に保護される 倒れ伏してしまった広瀬 その生死を確認した警官が、暫くして首を横に振ったのが知れた 「……愁ちゃ……、嫌ぁ!」 警官の制止も振り払い 野衣は広瀬の元へとまた戻り、その身を抱きしめる 段々と温もりを失くしていくその身体に だが何をしてやれる訳でもなく 唯、流れ落ちいく涙が、広瀬の頬に僅かな熱を其処に与えるばかりだった 「愁ちゃ……」 「君、大丈夫か?こっちで傷の手当てを……」 差しだされた警官の手 だがそれを野衣がとる事はなかった 何度もかぶりを振り、警官達へ出て行けと喚く声を上げる 気でも触れたのか、とその場に居た全員が感じ どうにかして野衣を保護しようと試みるがやはり駄目で 広瀬の亡骸を抱きしめたまま動く事をしない野衣を、今度は言葉で諭そうと試みる 「……もう、止めて。愁ちゃん、死んじゃった……。もう、動かないの。……これ以上、傷つけたりしないで、苦しめないで。全員ここから出て行って!!」 自分を庇い、そして相も変わらず優しさばかりを野衣へと向けたまま逝ってしまった広瀬を 誰に非難、中傷もされたくないと 野衣はまるで狂いでもしたかの様に喚き続ける その異常な様に、取り敢えず今日は撤退する事を警察は決めた様で 皆が皆、揃ってその場から立ち去っていた 二人きりの室内 だが其処には野衣一人の呼吸・心音しかなく、それが堪らなく寂しい 「……愁ちゃん、どして、私も連れて行ってくれなかったの?一人は、寂しいよ。ね、愁ちゃん……」 何度も広瀬の名前を呼びながら 野衣は唯々、涙を流すしか出来なかった 自分達はいつから狂ってしまっていたのか ソレは多分、最初から だが、そうだったとしても 出会わなければよかった、と思いたくもなくて 様々な感情が、今の野衣には重荷だった 一人で背負うには重すぎる、と広瀬の亡骸を益々強く抱き 唯ひたすらに、彼の名前ばかりを呼び続けていた…… 前へ |次へ |
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