《MUMEI》

 一年後
広瀬宅の庭には、相も変わらず向日葵が咲き乱れていた
「……もうすぐ、終わりかな」
夏も終わりに近づき、俯く様になってきた向日葵達を眺めながら
野衣は徐に空を見上げる
空は、雲一つない晴天だった
「……いい、天気」
暫くその青を見上げていた野衣の頬へ
不意に水滴が伝う
晴れ間に降ったのは、涙
「……愁ちゃん」
まだ、広瀬が居なくなってしまった実感が薄く
ついその姿を目で追ってしまう
「居るわけ、ないのに……」
当然、居る筈のない存在に
改めて、その事実を思い知らされる
あの事件は広瀬の死によって被疑者死亡で片が付けられ
結局、真実はうやむやのまま、時間ばかりが延々流れていった
「……ね、愁ちゃん。私ね、この一年間一人でも頑張ったの。私、頑張った……の」
訴える様な言葉を、まるで遮るかの様に涙がその量を増す
毎日のように思い出しては泣き崩れ
これから先、ずっと一人でこんな想いを抱えながら生きていかなければ、と
野衣は近くあった向日葵を、慈しむように抱きしめていた
「……もう、いいかな?一人ぼっち、疲れちゃった。だから……」
消え入るような声
花弁と啄む様なキスをした後、野衣はゆるりと踵を返す
向かったのは台所
流しに出したまま置いてあった包丁を表情なく取って上げ、また庭へ
そして何を思ったのか、咲いている向日葵を全てその包丁で切り倒していった
「この子達、全部持って行くから。もう、いいよね。私、愁ちゃんの傍に逝っても……」
倒れた向日葵をかき集め、その中央へと野衣は腰を降ろす
暫く空を眺めた後
手に持っていた包丁を目線まで持ち上げて
その刃に映って見える自身へ
嘲るような笑みを浮かべて見せる
「……待ってて、くれる?今、逝く、から……」
言い終わりと同時、野衣は自らの首を持っていた包丁で斬り付けていた
痛みを感じ、意識を失ってしまうまでは一瞬
白濁に目の前が染まった瞬間
耳の奥に、幼少の頃、子守唄にとよく広瀬が歌ってくれていた
懐かしく、そして優しい詩が聞こえた様な気がした……

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