《MUMEI》
マイナス思考
美果がうながした。
「夏希チャンにメールすれば。快くアドレス教えてくれてありがとうって」
「ホントに快くなの?」智文は顔をしかめて美果を見た。
「あたしを疑うなら消そうか?」
「わあ、わかったわかった、やめてくれ」
情けなくも慌てふためく智文を、美果は呆れた顔で見ていた。
「司君。夏希チャンは、芸能人の友達はあまりいないみたいよ」
「あ、バラエティでもそんなこと言ってた」
「芸能界に染まる前がチャンスだよ」
「夏希チャンは染まらないよ。泥沼でも美しい大輪の華を咲かせる蓮華のように」
「ポエムはいいから」
智文は、夏希にメールを送ろうと、文面を考えた。
「美果。夏希チャンって、彼氏いないよね?」
「いないよ」
即答。魔女が言うのだから心強い。智文はホッとした。
「何て打とうかなあ」
「寝るときは全裸ですか、とか」
智文は美果を睨んだ。
「壊そうとしてんの?」
「まさか」美果は笑う。


夏希は、部屋で歩きながら台本を読んでいた。
セリフを覚えるのは当たり前。いかに役に成りきるかが勝負。
自然に演じるとは、要するに、ほとんど演技をしていない状態をいう。よく「演技しているうちはダメだ」と言われる。
夏希は一生懸命に稽古した。
携帯電話が鳴る。
「ん?」
彼女は開いて名前を見た。予想はしていたが、やはり智文からだ。
夏希は真顔で唇を結ぶと、複雑な心境でメールを読んだ。
『夏希チャン。この前はワインご馳走さま。凄くうまかった。あと、アドレス快く教えてくれてありがとう』
「快く?」夏希は思わず笑みを浮かべた。「脅されての間違いでしょ」
『また会えたら嬉しいです。でも無理ならメールだけでも凄く嬉しい。とにかく睡眠不足にならないように、健康で頑張ってください。心から応援しています』
夏希は、しばらく文を見ていたが、意を決して返信した。
『電話で話しませんか?』


智文は部屋で大騒ぎだ。
「どうしよう。電話で話しませんかって来ている!」
「やったじゃん司君!」美果は智文の肩を叩いた。
「待てよ。これって、断りの電話ではないのか?」
「後ろ向きの想像をするとその通りになるよ」美果が脅す。
「そんな」
「司君の声が聞きたいから電話で話したいのよ」
「魔女と違って人間はそんなに前向きにはなれないよ」
そう言いながらも、自分が夏希の声を聞きたいのは紛れもない真実。智文は勇気を振り絞って返信した。
『もちろんOKです』
すぐに夏希から返信が来た。
『家電とケータイどっちがいい?』
「まずい」智文が蒼白。
「何がまずいの?」
「だって、普通女の子ならスマイルとかVサインとか音符とかつけない?」
「知らないわよ」美果は呆れた。
「やっぱり断りの電話かも」
美果はムッとした顔で智文の携帯電話を掴む。
「あなたは恋愛をやめなさい」
「わかった、かける、かける」

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