《MUMEI》
急展開
智文のほうから、夏希の携帯電話にかけた。
『はい』
「夏希チャン?」
『はい』
智文は緊張した。額に汗が光る。隣では美果が通話を聞いていた。
「夏希チャン。この前はどうも」
『こちらこそ』
夏希の声が硬い。智文は焦った。
「凄く楽しかったよ」
『…そこに美果さんは、いますか?』
「いるわけないじゃん。何で?」
智文のナチュラルな即答に、美果は口を尖らせた。
『あたし、嘘つかれるよりは、本当のこと言ってほしいタイプですよ』
「嘘なんかつかないよ」
夏希はひと呼吸置くと、聞いた。
『彼女じゃないの?』
「違うよ、ただの友達」
『ふうん』
「本当だよ」
『じゃあ信じる。あとで嘘とわかったらそれっきりよ』
まずい。智文は強引に話題を変えた。
「夏希チャンって、性格いいから好き」
『何で性格わかるんですか?』
「わかるよ。だって、毎日見てるから。インタビューとかも読んでるし」
『信じるの?』
「もちろん。だって夏希チャンに裏表があるとは思ってないから」
『あるかもよ』夏希が笑った。
愛しの夏希がようやく笑った。智文は勢いづいた。
「夏希チャンと話していると本当に楽しいよ」
『上手ですね』
サメ? と聞こうと思った智文だったが、滑る確率が高いと思い、やめた。
「上手じゃないよ。本音だよ。また会って話したくなる」
『外じゃ無理ですね。会うとしたら、あたしのマンションがいちばん安全かな』
「え?」
社交辞令か。それとも親しい友達と認めてくれての発言か。
智文は慎重に駒を進めた。
「マンションって、東京?」
『そう。あっ、美果さん知ってるから教えてもらえば』
「!」
何ぬねの。いや、引っ掛けか。破滅の罠か。
『智文さん。美果さんて、マジシャンなんでしょ?』
「マジシャン?」
智文は美果を見た。美果は真顔で何度か頷く。
「そう。マジシャンだよ。魔法みたいでしょ」
『凄かったよ。種があるんだろうけど、びっくりした。一種の錯覚なのかなあ?』
「さすがにオレにも種は明かさないよ」
『やっぱし』
話が盛り上がっている。夏希も明るい感じで喋っている。
「あ、あの、電話かメールしてからなら、夏希チャンのマンションに遊びに行ってもいいの?」
夏希は楽しそうに答える。
『もちろん智文さんを信用してのことだよ。あたしに手出したら、あそこを蹴り上げるよ』
「死んじゃうよ」
『アハハハ!』
これが青春だ。
「夏希チャン。また連絡するよ」
『はーい』
電話を切った。
「ふううう!」
智文は激しく息を吐くと、ベッドに倒れ込んだ。
「ふにゃふにゃ。コンニャクみたい」
美果の比喩がさすがに気に入らなくて起き上がった。
「全力を出し尽くしたファイターみたい、とか言えないのか?」
「コンニャクで納得いかないなら、はんぺんかな」
智文は、美果に何を言われても怒る気はしない。愛しの夏希との距離が急速に近くなった。
まるで魔法をかけられたかのよう……。
智文はハッとして美果を見た。
「まさか魔法なんか、かけてないよね?」
「司君の実力よ」
「マジ?」満面笑顔。
「マジよコンニャクさん」

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