《MUMEI》
女優の部屋
急転直下!
夏希がオフの日に、智文は彼女の部屋に招かれた。まさに奇跡的なことだ。
テレビでしか見たことがない芸能人の夏希に、本気で恋をして、実るわけがない夢を追い続けて一年。
知り合えただけでもミラクルなのに、部屋に遊びに行けるとは。
電車の中で写真集を見て興奮していた自分が、一人暮らしの夏希の部屋に、しかも夜に行って部屋で二人きり。
(ありえん!)
智文は、新しい勝負服を買い、夏希のマンションへ行った。
鮮やかなブルーの洒落た半袖シャツと新調のスラックス。
とうとうドアの前まで来てしまった。深呼吸。心臓が止まる。
ピンポーン。
夏希は口もとに笑みを浮かべると、外を確認。智文だ。彼女はドアを開けた。
「いらっしゃい」
「こ、こんばんは」
夏希はパープルの派手なドレス。普段着で迎えてもいいのに、こういうやる気を見せられると、凄く嬉しい。
「どうぞ」
どうぞ…。夢にまで見たセリフ。確かにこういう場面。つまり、智文は夏希と二人きりでいる映像を、脳に何百回浮かべたか数えきれない。
ついに現実になってしまった。
緊張しすぎても普段の自分が出せない。智文はリラックスしようと心がけた。
夏希は優しいから、緊張する智文のことを、微笑ましいという感じで見ていた。馴れ馴れしい男が大嫌いな彼女は、智文タイプは嫌いではなかった。
「智文さん。ワインはいかが?」
眩しいばかりの夏希。智文は感激と恐縮が合体して狼男に変身しそうだ。
「ワイン。いいね」
ワインとグラスを用意すると、二人は窓際にある小さなテーブルの席に向かい合ってすわった。
「洒落てるね、夏希チャンの部屋」
「智文さんが来るから、少し片付けたの」
キュートなスマイルを向けながら、そんなもったいないセリフ。
(あああ、きょう死んでもいい…アホか)
これから本当の人生が始まるのだ。死んでたまるか。
夏希がワインを手にしたので、智文はグラスを持った。
お互いのグラスに注ぐと、二人は恋人同士のように見つめ合う。
「何に乾杯?」夏希が聞く。
「二人の出会いに乾杯じゃベタなセリフかな?」
「そんなことないよ。じゃあ、二人の出会いに乾杯!」
「乾杯!」
グラスを合わせた。智文はグイグイ飲む。酒と夏希の笑顔に酔ったか、調子に乗る。
「夢なら覚めないでほしい」
「アハハ」
どうしていいかわからないほど感動している智文。夏希が嬉しそうにしているのが信じられない。
二人はグラスを置くと、会話をしようと目線を合わせた。
「夏希チャン」
「何?」
「夏希チャンはさあ…」
ワインが少し滑った気がする。
「……」
硬直する智文に、夏希は聞いた。
「あれ、テーブル濡れてないよね?」
「グラスの底って濡れてるかも」
美果を刺激するのは危険だ。智文は心の中で呟いた。
(美果チャン。一生のお願いだから悪戯は許して)
魔女が人間に嫉妬するとも思えない。そもそも、ここまで持ってきたのは美果の力。邪魔するはずがない。
「考えごと?」
「まさかまさか!」
慌てふためく智文を見て、夏希は笑った。九死に一生だ。

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