《MUMEI》
旅、始まる
「ティアラ……お前そこでなにをしているんだ」

 ジークは呆れ混じりに声をかけた。

 ティアラはその時、泉の畔で寝転がっていた。

「うーん、倒れた時と同じ状況を作れば記憶が戻るかも……と、思って」

 まったく、今までの記憶を一切無くしたというのに、不安ではないのか。

 なんて能天気な。



 おとなしく座っていれば、そのどこか気品の溢れる顔立ちからか、深窓の姫君のようにも見えるティアラだが、彼女の服も、すばらしい白銀の髪も、今は草だらけだ。

   *  *  *

「そんなところで草まみれになっていないで、さっさと歩け。もうじき町に着くぞ。……だいたい、ほら見てみろ。お前よりも猫のほうがよほど行儀がいい」

 ティアラのそばには、艶やかな毛並みを持つ黒猫がちょこんと座っている。

「よかったわね黒ニャン、誉められてるわよ」

 ジークのあからさまないやみは適当に受け流す。

 ティアラが『黒ニャン』と名付けたその黒猫は、言葉を理解しているのかいないのか、ニャウ、と一声鳴いた。

 それよりも、とティアラは続ける。

「あなたが私を見つけたときのことをもう一度話してほしいの」

   *  *  *

 ここは広い広い草原。

 人と深く関わることを好まないジークは、少し前までこんな場所を一人で旅していた。

 自分以外の誰かが共にいるのはむしろわずらわしく感じ、一人の方がよかったはずだった。

 なのに、今はティアラが隣にいて、ことあるごとにはなしかけてきて……

 そんな毎日を心地よく感じている自分に、ジークは戸惑いを覚えていた。

 そう、この奇妙な日々の始まりはあの日――

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