《MUMEI》

ケンイチは自分の隣に投げるようにして置いてあった鞄に、無造作に手を入れる。
そしてまるでクジでも引いているような仕種で勢いよく何かを取り出した。
「なんだ、ナイフか」
何を取り出そうとしていたのかわからないが、ケンイチは手に握られた小さな折りたたみナイフを残念そうに見つめて言った。
「嫌なら他のを出せよ」
ユウゴは言ってみるが、ケンイチは「いや、いい。一度出したら使わないと」とナイフの刃を出して男に向けた。
どうやら彼の中のルールらしい。
「さて、まずは耳を……」
ケンイチは言って男の右耳を引っ張り、その付け根にナイフをあてた。
「正直に答えないと、耳が落ちちゃうよ」
ケンイチは言いながらナイフの刃を引いた。
ゆっくりと食い込んだ刃の先から赤い血が流れ出てくるのが見える。
しかし、男は歯を食いしばってその痛みに耐えていた。
「まだ言わないか?」
ユウゴが聞くと、男は唸るような声で「忘れた」と答える。
その次の瞬間、男が耳が痛くなるほどの悲鳴をあげながらのけ反った。
突然の悲鳴に驚き、ユウゴはケンイチへと視線を移す。
すると、彼の手には真っ赤に濡れた何かの塊があった。
それが男の耳であると気づいたユウゴはケンイチを軽く睨む。
「おまえ、それはいくらなんでもいきなり過ぎだろ。」
「だって、なんか面倒じゃん。答えないとどうなるのか、教えとかないと」
言いながらケンイチは男の顔を乱暴に反対へ向けると、今度は左耳をつかんだ。

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