《MUMEI》
真剣勝負
石谷淳が笑いながら止めた。
「わかりました。もうやめましょう」
三人はイスにすわった。
「夏希チャン。催眠術って、半信半疑でも自分がかけられると思うと怖いでしょ?」石谷が聞く。
「怖いですよ」
仙春美は勝ち誇ったように言う。
「この会場の中に、私と真剣勝負してもいいというお嬢さんはいないかしら」
会場の若い女性は目線を合わせないように俯いた。差されでもしたら大変だ。
「挑戦してみたい人?」石谷淳が笑顔で手を上げる。
さすがに手は上がらない。すると、舞台裏で動き回っていたスタッフの女性が、笑いながら小さく手を上げた。石谷淳が気づく。
「君、今手上げた?」
「はい」
「催眠術はヤラセだと思ってるの?」
「まあ、はい」
「ちょっと、ちょっと来て」
女性は台本のようなものを置くと、ステージに上がった。
Tシャツにジーパンのラフなスタイルだが、なかなかスリムでセクシーなボディ。会場には一種の期待感が高まった。
石谷も嬉しそうだ。
「お名前は?」
「あかねです」
「年は?」
「聞くんですか?」あかねは照れた。「23です」
仙春美がゆっくり立ち上がる。会場には緊張が走った。
「あなた、嫁入り前の娘だからって容赦はしないわよ」
「どうぞ。かけてください。かかりませんから」
あかねは大胆にも両手を広げて、胸を仙春美に向けた。
「負けたらお嫁に行けなくなっちゃうよ」石谷が笑う。
「負けませんよ」あかねは生意気な顔で仙春美を見た。
「仕方ないわね。それじゃ、行くわよ」
春美は両手を怪しげに出し、あかねの顔の前で回した。
「あなたは段々眠くなあるう。眠くなあるう。眠くなったあ」
あかねは目を閉じた。夏希がじっとあかねを見ている。会場は静まり返っていた。
「さあ、仕事も終わり、無事帰宅しましたあ。シャワーでも浴びましょうかあ。ここはバスルームの脱衣所です」
あかねは両手でTシャツをたくし上げる。色っぽいおなかが見えた。
「ヤバくない?」智文が目を丸くする。
「ヤラセよ」美果があっさり言った。
「嘘」
「夏希チャンと会場以外はグル」
「へえ」
智文は半信半疑。美果は唇を噛み、仙春美を見すえた。
スタジオでは、あかねがTシャツを脱ぎ捨て、ブラを見せてしまった。さらにジーパンも脱ごうとする。
「ダメですよ」
夏希が後ろから止めた。あかねは目を覚まして自分の姿を見る。
「きゃあ!」慌ててしゃがんで胸を隠した。
「こっちこっち」
夏希はTシャツを持ってあかねを後ろへ追いやると、石谷淳に怒った。
「ダメですよ、女の子にあんなことしちゃあ!」
「じゃあ、夏希チャンが仇を討つ?」
「え?」
「あなたは段々眠くなあるう」
「きゃあ!」
夏希はまた逃げ回った。仙春美も追いかける。
「眠くなあるう、眠くなあるう」
「ちょっと、やめてください」
夏希が観客席のほうに逃げたので、会場は湧いた。石谷が笑いながら呼ぶ。
「わかった。かけないから戻って来て」
「絶対ですか?」
智文は満面笑顔。
「かわいい」
右ストレート!
「痛い。何するんだよう!」
「ごめん。手が滑った」
美果はやはり怖いから叱れない。智文は真顔でテレビ画面に目を戻した。

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