《MUMEI》

「あのっ」

彼女に声をかけようとして顔を上げると、

「えっ? いない…」

彼女の姿は消えていた。

でも…確かに彼女とは会った記憶がある。

それに今のように、会話もした気が…。

一生懸命に思い出そうとして、ふと、あの事故現場に来ていた。

ここに来れば、思い出せそうな気がした。

10年前と比べて、大分ここも変わった。

それでも悲しみは変わらない。

生まれた時から、ずっと一緒だった。

大好きだった。

思い出すだけでも、悲しみと後悔で胸がいっぱいになる。

立ち止まって、涙を手で拭うと、車の音が聞こえた。

車は真っ直ぐにスピードをゆるめず、わたしに向かって来る。

10年前のあの日と同じように…!

しかしわたしは動けなかった。

今のわたしを動かしてくれるものなど、何も無かったからだ。

車の運転手が見えるようになった。

…アイツだった。

わたしの犬を轢き殺した、アイツっ!

ケータイで会話をしながら、運転をしている。

10年前は飲酒運転をしていた。

全然反省もしてないし、後悔もしてなかったのか。

急にわたしの頭は冷えた。

そして、真っ直ぐにアイツを見据えて、言った。

―殺せ。

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