《MUMEI》 普通の女の子智文が、タオルで髪を拭きながらバスルームから出てきた。ちゃんと服を着ている。 美果は唇を結ぶと、智文を見つめた。 「ん?」 「司君」 「何?」 「きょうから一切魔法を使わないから。協力してね」 「協力?」 美果は両手でバスタオルをいじる。 「あたしを襲わないと誓って」 「え?」 「司君に押し倒されたら、魔法を使っちゃうじゃん」 智文は意地悪な笑みを浮かべる。 「言ってるそばから魔法使ってるくせに」 「え?」 「そんなつぶらな瞳で見つめられたら、襲いたくなるよ」 美果は笑った。 「人間も使える魔法はいいのよ」 ロマンチックな展開に、智文はほろ酔い気分だ。危ない笑顔で美果に歩み寄る。美果は不安な顔色で下がった。 「じゃあ、今は普通の女の子なんだ?」 「そうよ。優しくしてくれないと」 「優しく愛していいの?」 「そんなことしたら夏希チャンに言うよ」 「ダメだよ」智文は酔いが覚めた。 大変なことになった。美果は思った。とにかく智文に魔法が使えなくなったことを悟られてはいけない。 自分の身を守るためならば嘘も仕方ない。男に力ずくで来られたら敵わない。 朝。美果は早起きして着替えた。昨夜は何とか無事だった。 朝食のパンを二人で味わう。智文は美果のファッションに注目した。 Tシャツの上に半袖シャツを着てきちんと上までボタンを閉め、ジーパンで脚を隠し、靴下までしっかり履いている。 いつもの無防備な感じは皆無だ。 「どうしたの服?」 「だってさ。バスタオル一枚でウロウロして襲わないでねっていうのも、何か矛盾してるじゃん」 「大丈夫だよ。いつもの薄着でも襲わないから」 「ホントかなあ?」 「ホントだよ。オレは紳士だよ。約束は守るよ」 美果は、テーブルに両手をついて立ち上がろうとした。 「さてと。メンドーだけど後片付けしよっと…あっ」 美果はイスを下げるつもりが前脚だけ浮いた。必殺技イスバックドロップ! 「あん!」 後頭部を痛打して立てない。 「いったーい…」 智文は驚いた。美果は本当に魔法を使わないと決めたようだ。普通イスバックドロップを食らう魔法使いはいないだろう。 魔女がいること自体が普通ではないのだが。 「司君。大丈夫とか聞かないの?」 「大丈夫?」 「遅いよ。夏希チャンなら抱き起こしてるくせに」 美果は仕方なく自力で起き上がった。 「美果は、本当に魔法使わないって決めたんだな」 「え?」 「協力するよ」 「……」 前へ |次へ |
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