《MUMEI》
乙女のピンチ
夜。寝る時間になった。
「美果。お風呂入ってくれば。レディファーストだよ」
「わかった。お先に」
「美果。絶対変なことしないから、バスタオル一枚で出ておいで」
智文の危ない笑顔を、美果はじっと見つめた。
「わかった。信用するから。裏切ったら女子レスリング部の更衣室に直行だよ」
「全裸で?」
「決まってんじゃん」
美果はおなかに手を当てた。智文は余裕の笑み。なぜか脅しが効いていない。
いつもは平気で服を脱ぎ捨ててバスルームに入る美果だが、ちゃんと服を着たまま入り、脱衣所で脱いだ。
(バレてないよね?)
不安になってきた。まさか智文は変なことを企んでいないか。
美果は唇を結んですました顔をすると、髪を洗った。
智文は美果の行動と表情を見て、ますます確信を得た。
「もしかして、今の美果は普通の女の子?」
だが、万が一魔法を使わないように努力しているだけだとしたら、危ない。
「平謝りしたら許してくれるかなあ?」
テニス部ならともかくレスリング部は怖い。泣かされる。
智文は急に真剣な顔になった。
「待てよ。もしも一時的ではなく、本当に魔法が使えなくなったとしたら、どうなるんだ?」
夏希とうまく行っている今、美果とずっと同居するわけにはいかない。
「まさか、もともと人間で、魔法使いというのは嘘?」
いろんな考えが巡る。夏希と知り合えたのは美果のおかげ。その恩人を部屋から追い出すような薄情なまねはできない。
美果がバスルームから出てきた。バスタオル一枚だ。
やはり不安な顔で智文を見つめる。この感じは乙女特有の緊張感だと、彼は察した。
「美果。ここすわって」
ベッドに腰をかけている智文。その隣にすわるのは危険だ。
「押し倒したら許さないよ」
美果がすわると、智文は優しく肩を抱いた。
「ちょっと…」
「美果」
「何?」
「裸が見たい」
ドキッとした。
「夏希チャンに言いなさい」
「美果の裸が見たい」
「浮気するならもう協力しないよ」
しかし智文は強く抱き寄せる。
「美果。電車の中で、君を初めて見たときから、凄くかわいい子だと思ったよ」
「詐欺扱いしたくせに」
「美果」
「きょうの司君おかしいよ」
「それは君があまりにも魅力的だからだよ」
美果は、智文の腕をどかした。
「そう言ってくれるのは凄く嬉しいんだけど、あたし、夏希チャンも好きなの。友情が芽生えたっていうか」
「……」
「だから、裏切れないよ」
智文は、両手で美果のか細い肩を掴んだ。
「美果。君は今、普通の女の子なの?」
「え?」
押し倒された。
「きゃあ、待って、待って!」
智文がバスタオルを掴む。美果はタオルにしがみつきながら睨んだ。
「ちょっと、ホントに更衣室に飛ばすよ。そんなに集団逆レイプを体感したいか?」
「やれるものならやってみな」
バレている。美果は慌てた。力では勝てない。
「ちょっと待って何するの、きゃあ!」
バスタオルを取られてしまった。美果は一糸纏わぬ姿でベッドに横たわり、胸といちばん恥ずかしいところを隠した。
智文は、怯える美果を真顔で見つめた。まるで狼に捕まってしまったバンビのようだ。
絶対困るという本気で怯えた目。おそらく魔女は、人間に犯されては絶対にいけないのだろう。
「美果」
「あたしをどうする気?」
「正直に言ってごらん。魔法、使えないの?」
「だったらどうなの。あたしを力ずくで奪うの?」
智文は、優しくバスタオルを美果の体にかけた。
「そんなことしないよ」
どうやら大丈夫か。美果は智文を信じて、仰向けに寝た。
「美果。安心して。オレが守るから」
「恋人に言うセリフだよ」
「美果も大切な友達だから」
美果は、笑みを浮かべた。
「優しい」

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