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《MUMEI》 「望！」 崩れ落ちていくその身体を受け止めてやり 滝川も座り込んでしまえば 「……蝶に憑かれた者の、慣れの果てか。これは面白い」 嘲りを含んだ老婆の声 一頻り一人で笑った後 「……寝床はあの家をお使い下され。空屋ですので気兼ねする事はありませんから」 村の最奥に建つ、、古めかしい一軒家を指差した 滝川はその申し出に一瞬躊躇したが 深沢の体調を考慮し、その言葉に甘える事に 深沢の身体を何とか引き摺ってその家へ 戸を開いて中へと入ってみれば其処には 壁という壁全てに、黒の彩りの蝶々が張り付いていた 「何、だよ。これ……」 異様すぎる様につい声を漏らせば 不意に感じた気配が背後 向いて直れば、そこにはあの老婆が音もなく立ち尽くしていた 「……驚かれたようですな。此処は、(ゆりかご)。人としての生を漸く終え、蝶へと還った者たちの安息の場所です」 声に笑みを含ませながら老婆ばかりが話す事をすれば、 途端に、大粒の雨が降り始める 「おや、雨か。……次はだれが蝶に変わるのかのう」 何かを含んだ様な物言いを残し、老婆はその場を後に 改めて二人きりになった室内 暫く呆然と立ち尽くしていた滝川だったが 取り合えず深沢を、布団を敷いてやった座敷へと寝かせてやる 「顔、真っ青……」 段々と悪くなっていくばかりの顔色に その頬へ、滝川が手を触れさせた 次の瞬間 深沢の眼がゆるりと開く だが其処には深沢としての自我はやはりなく 虚ろな視線を唯滝川へと向ける 「陽炎」 幻影が求めるまま、陽炎を欲するばかりのその様に 滝川は見るにいたたまれなくなり 深沢へと噛みつく様なキスをしてやった 「の、ぞむ。しっかり、しろってば」 唇を絡ませながら 途切れ途切れに滝川は訴える 何とか深沢の身体を押しのけてやった その直後 突然になり始める雷 そして降り出す豪雨 降る水滴が屋根を打つ音がやけに耳に付く 「……また、人が逝った」 その音に眼を覚ましたらしい深沢 窓越しに外を眺め見ると、徐に滝川の手首を掴み上げていた 「の、望!?」 「逃げるぞ、奏」 その手を取るなり走り始めて 深沢に引かれるがまま走る滝川が、一体どうしたのかを深沢へと問い質す 「望、待てってば！」 だが返事はなく 深沢は唯無言で滝川の手を引いて行く 「……どちらへ、お出かけですかな？」 屋敷を出るなり、老婆に出くわして 深沢は舌を打つと、滝川を庇う様にその立ち位置を変えていた 「どう、されたのです？まだお顔の色が優れぬ様ですが」 まるで帰るなと言わんばかりに深沢達の前へと立ちふさがる老婆 嫌な笑みが、深沢達へと向けられる 「……お帰りですか。まぁ、いいでしょう。いずれまた、あなた方は此処へ来る事となる」 気に掛る言葉 だが深沢はないを返す事もせず、老婆へは一瞥だけをくれてやりその場を後に 村を一歩出た途端 深沢達は何故か、自宅の寝室にいた 「何、で？」 今まで居た場所からいきなりの其処へ 当然、訳が分かる筈もなく、滝川が呆然としていると その周りを、二羽の蝶が落着きなく飛ぶ事を始めた 「幻影、陽炎。どうした？」 普段の様子とは違うソレに滝川が手を差し出せば その二羽がふわりその平に停まる だが片方の彩りはすぐに手の平の上へと落ちてしまう 「幻影？」 堕ちた姿そのままに、 小刻みに痙攣を起こすばかりの幻影 一体どうしたのか、と様子を伺って見れば 陽炎も心配なのか、幻影の傍らへと寄り添った 「……一体、何が起こってんだ？」 全ての事が突然すぎて 首を傾げていた滝川だったが、先に深沢を寝かせてやろうと 何とか引き摺ってベッドへ 「眉間、すげぇ皺」初めて見た時と変わらない小難しげな寝顔 額へと何となく手を触れさせれば、その皺も僅かばかり和らいでその枕元へと幻影を添え置いてやったと同時 家の戸が、客の来訪の知らせにと音を鳴らした 戸を開き、そして其処に居たのは 「……こんばんわ。深沢さん」 かつて幻影の研究者だった、中川 ゆり子の弟の中川 正人だった 研究の第一線から退いた中川の後を引き継ぎ 週に一度は深沢宅を訪れ、深沢達の様子を観察・記録 そして薬を運ぶ役目を担っていて 前へ |次へ |
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