《MUMEI》
バイバイ2
司令官邸に大型二輪を乗りつけ、顔パスで私室へ向かう。

「ウォルフ!」
挨拶もなしに扉を開くと、司令官ウォルフォートは警備からの連絡を受け、茶菓子を用意して待ち構えていた。

「朱星、紅茶でいい?」
「うん」

早朝にも関わらず、短い黒髪を整え、軍服をきっちり着込んでいる。

「朝から訪ねてきてくれるなんて、兄上は嬉しくて涙が出そうだよ。午前中の調整は代理を立てたから。ゆっくりしてって」

ウォルフが腰を落ちつけたところで、朱星が口を開き、

「ウォルフ、俺この仕事辞めるよ」

出された紅茶にミルクを混ぜながら、天気の話しのようにぽろりと言った。

「だから朱星って名前も捨てる。本名で呼んで」

「うん……え?」

「新しい仕事の採用が決まったんだ。ちょっと遠いけど、寂しくないように手紙書くよ」

男らしい爽やかな笑顔。それじゃあと席を立ちそうになるのを、慌ててウォルフが抑えた。

「ちょ、ちょちょちょちょちょっと待って!突然のことで、兄上は何から尋ねればよいやら…つまり、退役するってこと?」

「そう」
「そんな馬鹿な」

朱星がテーブルをまわり、ウォルフの横に腰を下ろした。いつも自信家の司令官は、青ざめ、力無くカップを離す。その手を優しくとった。

「ウォルフ、大丈夫?」
「駄目かも。…そうだよ、咲は?どうするの。それはもう大変な剣幕で止められたでしょ。連れてくの?」

「咲?」
「ちゃんと伝えた?」
「今朝出掛けに」
「出掛けって…」

抜殻のような咲の姿が浮かぶ。当の本人はそんなこと構いもせず、笑顔で言った。

「どこにいても、ウォルフは俺の兄上だし、俺はウォルフの弟だよ」

ぽとり。
兄の瞳から雫が落ちた。

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