《MUMEI》
突然の訪問
とりあえず乙女の危機からは逃れた。
一週間は長い。美果は掃除、洗濯など家事をこなした。人間の大変さがわかる。
夜。
智文が帰ってくると、美果は言った。
「ねえ、パジャマ買って」
「パジャマ?」
「裸で寝るのは怖いから」
「大丈夫だよ」智文は真顔で答える。
「司君のことは信用してるけど、やっぱり裸は怖いよ」
智文はタンスを開けた。
「男もんのパジャマじゃダメ?」
「上だけ?」
「そう」
「ヤらしい」
二人は笑顔で見つめ合う。まるで恋人同士だ。
美果はタンスの中から、ホテルによくある浴衣を見つけた。
「あああ!」
「何?」
「ドロボー」
「違うよ」
「じゃあこれ着る」美果は浴衣を持って逃げた。
「わあ、たんま!」
「あのホテルの浴衣じゃないんでしょう?」
「違うよ」
「じゃあ、いいじゃん」
美果はさっさと浴衣に着替えてしまった。
「あたしこれで寝る」
「はあ…」智文は落胆した。
「あたしが着たから値打ちが下がったなんて思ったらねえ。ぶっ飛ばすよ」
ふくれる美果に智文は逆襲。彼女をベッドに押し倒した。
「どうやってぶっ飛ばすんだ?」
「きゃあ!」
浴衣の帯をほどこうとする。
「わかった、やめて、わかったから」
笑いながらイチャつく新婚夫婦にしか見えない。
ピンポーン!
二人の動きは止まった。夜9時。非常識な時間帯ではないが、だれだろうかと焦る。
智文はキッチンへ行くと、受話器を取った。
「はい?」
『あたしです』
夏希。智文は顔面蒼白だ。
「夏希チャン。どうしたの?」
『遊びに来ちゃった』
「ちょっと待ってて」
智文は受話器を置くと、美果に小声で言った。
「大変だ、夏希チャンだ。消えてくれ」
「無茶言わないでよ」
「早く隠れて」
「どこへ?」
智文はドアの前で深呼吸。玄関に美果の靴がないことを確認すると、ドアを開けた。
「こんばんは」
赤いTシャツにジーパンという普段着。眼鏡をはずすと、夏希は笑った。
「ごめんね。急に来て」
「びっくりしたよ」智文の笑顔が引きつっている。
夏希は数秒待ったが、智文が何も言ってくれないので、仕方なく自分から言った。
「上がっていいの?」
「あ、当たり前じゃないか。どうぞどうぞ」
夏希はスニーカーを脱ぐと、部屋を見渡した。
「へえ。意外と広いんだ?」
「夏希チャンの部屋には負けるよ」
夏希はキッチンやテーブルを見る。
「男の人の一人暮らしって結構ゴミの山って聞いたけど、キレイですね」
ドキッとした。智文は冷や汗100リットルだ。
「ほら、夏希チャン、綺麗好きだから、汚いのダメだと思って」
夏希はニコニコした。
「あたし綺麗好きですよ」
智文はタンスのある部屋には行かせないように、キッチンのイスを引いた。
「夏希チャン。ここすわって」
「はい」返事だけですわらない。
「何か飲む?」
「智文さん」真剣な顔だ。
「はい」
「疑ってるわけじゃないんだけど、ちょっと心配が」
「心配?」
夏希は、熱い眼差しで智文の目を真っすぐ見た。
「美果チャンがこの部屋に住んでるなんてこと、ないよね?」
「あるわけないじゃん」即答した。
「そうよね。考え過ぎなのかな、あたし」
「美果チャンだって女の子だよ。二人きりは怖いでしょう。悪いけどオレは肉食だよ」
「アハハ。じゃあ、あたしも今危ないってこと?」
「いやいやいや」
青春の1ページ…と喜べる状況ではない。
夏希は、俯くと、照れたような笑顔で囁いた。
「あれからいろいろ考えてね。智文さんとなら、うまくやっていけるかな、なんて…」
「え?」
信じられない言葉が、夏希の口から。智文は赤面しながら、俯く彼女をじっと見つめていた。

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