《MUMEI》
どっちを選ぶ?
智文は硬直した。夏希は顔を上げると、ややきつい表情に変わる。
「ただ、唯一気になるのは美果チャンの存在。彼女かわいいし、魅力的だから、心配よ。あとでやっぱり付き合ってたなんて知ったら、ショックで立ち上がれないと思う」
いきなりの告白に、智文は言葉が出ない。
「智文さん…」
「夏希チャン。凄く嬉しいよ。でも、今の君のハードスケジュールを考えたら、焦らなくてもいいと思う」
「冷静なのね」
「違うよ!」
夏希は急にベッドに近づいた。
「何してるの?」
夏希は両手を合わせた。
「ごめん。部屋の中、調べさせて」
「疑うんだ?」
「ごめんなさい」
謝りながらも、夏希はベッドの下を覗こうとする。智文は慌てるように止めた。
「いるわけないじゃん」智文はベッドにすわり、下を見れないように両脚でガードした。
「どいて」
「どかないよ」
「どきなさい!」
夏希が笑いながら智文をどかそうとする。智文も笑顔で夏希を止めた。
「隠れてなんかいないよ」
「だったら見せてもいいじゃない」
「見られたくないもんもあるよ」
「わかった。ほかのタレントの写真集でしょう?」
「違うよ」
智文はまんまと油断した。夏希はベッドの下を強引に覗こうとする格好をしながら、バッと素早くターンしてタンスの扉を開けた。
美果がいた。しかも浴衣姿。夏希は無表情のまま美果を見ていた。美果も口を半開きにしながら、無言で夏希を見上げていた。
智文は観念したようにベッドに腰を下ろしたままだ。
「さようなら」
夏希が玄関へ向かう。美果は慌てて智文の腕を掴んだ。
「バカ、追いかけなきゃダメでしょ」
智文はムッとしたまま動かない。仕方なく美果は走って夏希を止めた。
「待って夏希チャン」
「どいてください」
「これは違うの。誤解だから」
「どいてください」
「あたしのせいにしないでよ!」
美果が部屋中に響き渡る声で怒鳴った。さすがの夏希も驚いて目を丸くした。
「あたしのせいにしないでよ、二人とも。別れるのは二人が信じ合ってないからでしょ。あたしのせいにしないでよ」
美果の迫力に押され、夏希はゆっくりとキッチンに戻った。
「すわって」
美果が仕切る。
「司君も、こっち来てすわって」
智文も曇った顔のまま、イスにすわった。
「夏希チャン。結論から言うと、あたしと司君は何でもないから」
二人とも俯いて無言。
「海水浴場での騒ぎ知ってるでしょ。あれでお母さんが大激怒してね。あたし、家追い出されちゃったの」
「そんなこと信じられない。もしそれが本当だとしたら、何で智文さん、あたしに相談しなかったの?」
「それはまだ完全なカップルじゃ…」
「あなたに聞いてない。智文さんに聞いてんの!」
美果は黙った。智文を見る。無言のまま俯いているので、美果はテーブルの下から脚を蹴った。
智文はチラッと美果を睨んだが、何も言わない。
夏希はムッとした。
「いいわ。ハッキリさせたい。智文さん。あたしとこの人と、どっちを選ぶか、言って」
美果は慌てた。性急過ぎる。夏希の意外な一面を見た。
「何言ってるの夏希チャン。答え決まってるのにズルいよ」
「あなたは黙ってて」
「黙ってないよ。あたしは、二人とも友達だと思ってるから。二人には仲良くしてほしい。あたしが邪魔なら消えます」
夏希は智文を見た。
「じゃあ何で智文さんは黙ってるの?」
不穏な空気。美果は立ち上がると、赤い顔で言った。
「司君。お世話になりました。二人でよく話し合って」
しかし智文は美果の腕を掴むと、強引にすわらせた。
「そんなカッコでどこ行くんだよ」
美果は熱い眼差しで智文を見つめた。夏希は目を見開き、唇が震えた。
「それが、あなたの答えね?」
「……」
このままではまずい。最悪のシナリオだ。美果は笑顔で場を乗り切ろうとする。
「夏希チャン。性急過ぎるよ。もっと落ち着いて話そう」

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