《MUMEI》
ドッグ
智文がコンビニから帰ってきた。美果がいない。
「あれ、美果?」
キッチンのテーブルには置き手紙がある。智文は怖々手に取って見た。
「!」
智文は、蒼白な顔になり、体が震えた。


美果は、仙春美邸に単身乗り込んだ。男と違い、女がいちばん心配するのは、やはり体のことだ。
美果は露出度の少ない服装で敵地に入った。
Tシャツに長袖シャツ。ボタンもきちんとかけ、ジーパンで自慢の脚を隠し、走れるように靴はスニーカーにした。
しかし、裸にされてしまったら関係ないが。
門で待ち構えた大男。なぜか黒覆面だ。さすがの美果も焦る。
「おっ。夏希に負けないほどのイイ女じゃねえか。楽しみだな」不敵な野太い声。
楽しみ、なんて言われたら、普通の女の子なら怯む。
「夏希チャンはどこ?」
「あのドアから入りな」
「ありがとう」
美果が行きかけると、覆面男が呟いた。
「ホントにイイ女だな。俺の女になるなら、拷問は許してやるぜ」
「バカバカしい」
吐き捨てて行こうとした美果だったが、腕を掴まれた。
「あっ」
「生意気な態度取るならこの場で素っ裸にするぞ」
「わかった、やめて」
悔しいけど、ここでもめるわけにはいかない。男は手を放した。
美果は白い大きなドアを開ける。目の前には階段。ゆっくり上がると、階段のいちばん上に仙春美の姿が見えた。
「あっ」
「ふふふ。ようこそ、美果さん。会いたかったわ」
美果は緊張した面持ちで春美を見上げた。
「一人で来るとはいい度胸ね」
「夏希チャンは?」
「それより自分の心配をしなさい」
「え?」
突然階段が引っ込み、一瞬にして坂に早変わりだ。
「きゃあ!」
美果はうつ伏せに倒れた。
「何をするの?」美果が強気の顔で睨む。
「ふふふ。下を見てみなさい」
「下?」
美果は下を見た。声も出ない。黒豹かと思うような、大きい獰猛な番犬が、無表情でこちらを見ている。
吠えない。本物の猛犬だ。美果は汗まみれになった。
「美果さん。坂がもう少し急になったら、あなたはアウトね」
「やめてよ」美果は赤い顔で仙春美を見た。
「やめないわよ。さようなら」
坂が急になった。粘りきれず美果は滑り落ちていく。
「きゃあ、やあああ!」
勢い余って犬の下に入ってしまった。
「待って、待って」
犬は無言で美果を見下ろす。美果は生きた心地がしない。
「咬まないで。あたしはあなたの味方だからね」
必死に犬に囁きかける美果を見て、仙春美は勝ち誇ったような笑い方をした。
「さあ、どうする?」
「ちょっと…」
「これって詰みでしょう?」
「え?」
美果は息づかいが荒い。犬は(何あんた?)という冷たい表情で迫る。
「降参?」春美が聞いた。
「あ、降参です」
「さすがに降参?」春美は満面笑顔だ。
「はい。降参です」
「わかった。じゃあ、カミカミだけは許してあげる」
口笛の合図と同時に、犬は自分でドアを開けて、外へ出ていった。
美果はすぐには立ち上がれない。寝ながら仙春美を見上げた。

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