《MUMEI》 スタート3リアシッラが出社するとすぐ、ミンクがしたり顔でモニターを指した。セントラル放送のトップニュース。 "近江屋自主解散。 幹部が自首。 続々と供述始める。 内部分裂か" 嘘だろ。 近江屋といえば、強引さと結束力で名を馳せる、実力派の不動産屋である。自主解散などありえない。ましてや一人が一晩で、どうできるというのか。 「ほほほ、どんな手を使ったのやら。当社の名はどこにも流れてませんわ」 信じられないことではあるが、事実は事実。リアシッラは鼻から息をはいてデスクについた。 「ミンク、彼を呼んで」 「それでしたら」 「近くにおります」 ミンクに被るように、どこからともなく声が降ってきた。 澄んだ若い男の声。 ぎょっとした。この社長室は、簡単には入り込めないよう、遊び心も混じえて先々代が設計させたものだ。 「どうぞ」 動揺を押し殺して答えると、がらりと音がして、窓から男が飛び込んだ。 「ウェルカと申します」 きりっとした男らしい顔立ちながら、丸い瞳が印象的な男。刺繍入りのショートブーツ、右胸にリボンの付いた、変わった恰好をしている。 「…君か」 見覚えがあった。 息抜きに自然公園を散歩していたら、大木の上で寝ていたのである。大道芸人か、余程の自然児だと思った。職業柄、珍しいものには興味がある。ちょうど目を覚ましたので、その時一言二言会話をした。 ウェルカ。 確かに軍人だと言っていた。 「あれは、君の手回し?」 「手回しというほどでは」 「…どうやって?」 「乗り込んでいって、洗いざらい吐かせました。あとはその身で償うように言っただけです」 「それだけ」 「コツは、情け容赦なしに押しまくることです。あちらが後ろめたいことだらけですから、そんなに難しいことではありません。…お役に立てましたか」 「そうだね」 「光栄です」 ウェルカの頬が染まった。 笑うと、印象がぐっと幼くなる。 「何が望みか」 「私を雇っていただきたい」 「一介の社員として?」 「いえ、できるならば」 ウェルカが一度言葉を切った。 言いよどむのを、リアシッラが顎で促す。ミンクがまるで母親のように、黙って見つめていた。 「…あなたの側にいたい」 前へ |次へ |
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