《MUMEI》
コーヒー
代表に護衛がつくなんてことは、ベルカ社始まって以来、前例なし。名物になると思いきや、ウェルカの存在を知る者は少なかった。

「いないからな」
「いるんですけどね」
「見えないなら、いないと同じだよ」

持ち前の適応力を見せ、リアシッラは自然に空気と会話していた。

「出てくればいいのに」
「…習性です。それに、このほうが守りやすい」
「ふむ」

それにしても、顔を合わせたのは初めの一度きり。ミンクが部屋を与えたと言っていたが、使っているのかどうか。

リアシッラは早めに執務を切り上げると、ふらりと出掛けた。

オフィス街をつっきり、自然公園へ。
排気ガスが漂ってはいるが、本社からいくらも離れていないのに緑が多く、街の中央を流れる川を眺めることができる。

露店でホットコーヒーをふたつ購入すると、木製のベンチに腰掛けた。

「ウェルカ」
「はい」
「出てきなよ」
「…結構です」
「早く」
「いえ」
「コーヒー冷めちゃうよ」
「こ、コーヒーだけいただきます」
「なんだそれ」

全く平行線。
思うところあるのだろうと、リアシッラが折れることにした。片方のコーヒーを、ベンチの端に置く。

「じゃまたの機会にね」

少し目を離した隙に、コーヒーが消えた。

「ミルクもあるよ」

また端に置く。
今回はじっと見ていたつもりだったのに、なくなっていた。まさに消えた。

「おぉ。マジシャンで食べていけるんじゃない」
「人前に出られないので」
「それはむりだ」

あははと笑って、リアシッラは自分のぶんのコーヒーに口をつけた。無糖派である。ワンコインにしては、なかなかおいしい。

「ウェルカ」
「っ、はい」

変な間があった。
「何?」
「いえ、なんでしょう」

「どこで寝てるの?」
「自室で」
「ミンクから貰った?」
「そうです」

「なんだ。24時間僕に張り付いてるのかと」
「そんな、プライベートを覗くようなことはしません」
「まぁ私室にひとりでいて、襲われることはないしね」

コーヒーが冷めてきた。
鋭い風が、コートの裾を揺らす。

「若様」

ウェルカの声が届いた。
ミンクはリアシッラのことをそう呼ぶ。先代に仕えていたからだ。

「若様に雇っていただき、私は幸せ者です」

「変なやつ。実はね、護衛をつけようかと考えてたとこだったんだ。最近身辺が不穏でね。守りますなんて言うから、何かの縁かなと」

「ありがとうございます」

表情は窺えないが、心底嬉しいといった感謝だった。
悪くない。
リアシッラはひとり笑った。

「さ、帰ろうか。仕事だ」
「はい」

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