《MUMEI》
歩の笑顔
   〜麗羅視点〜


真星と話していると、凄い勢いでこちらに向かってくる歩の姿が目に入り何故か身構えてしまった。


歩は、私の目の前までくると海から受け取ったであろう包みを私に差し出した。


歩の表情を確認した後、包みに目をやると包みをしっかりと握っている両手が、微かに震えているのが分かった。


包みから目を離し、歩の顔を見るとこちらをまっすぐ見つめる歩の視線とぶつかる。


私と目が合うと歩は、何か伝えたいのか口をパクパクさせていたが、言葉が出てこないようで、えっとっという単語を繰り返していた。


その時の歩の表情は、必死の余り頬はほんのり赤みを帯びていて、目が少し潤んでいた。


そんな歩を見ていると、今まで感じたことがないような穏やかで暖かい気持ちが溢れてくる。


私が歩に向かって優しく微笑むと、歩は一瞬目を見開いたが、ぱぁっと笑顔になった。


・・・・・・・歩の笑顔。


私に向けられた歩の笑顔に何だか涙が出そうになる。


傷付けて悲しい顔しか最近させられなかったから、歩が私に笑顔を向けてくれることが――歩の笑顔を見れることが、素直に幸せだと感じる。


私が笑顔を浮かべたことに安心したのか歩は、笑顔のまま口を開く。


「麗羅チャン、これありがとう!!


すっごい嬉しい!!」


「・・・・・喜んでくれて嬉しい」


私がしたことで歩が笑顔になってくれたことが、私の作ったもので歩を喜ばせてあげられたことが凄く嬉しかった。


「今、食べてもいい?」


歩は目をキラキラさせながら質問を投げかける。


「駄目」


そんな歩が可愛くてついつい意地悪を言ってしまう。


私の言葉に歩はガックリと肩を落としたが、次の私の言葉を聞いてすぐに笑顔に戻った。


「レンジで温めてから食べて」


「分かった!家帰ったらすぐ食べる!!」


久しぶりに歩の笑顔を見たせいか、胸の鼓動がいつもより速いような気がする。


「歩、おはよう」


歩の後ろからひょっこりと顔を出す小湊。


「昨日は、家まで送ってくれてありがとね!


泉、凄い嬉しかった」


上目遣いで歩にお礼を言う小湊を見ると、さっき感じた穏やかな気持ちが一瞬で黒いモヤモヤに変わる。


「いや、全然いいよ」


小湊に笑顔を向ける歩を見て胸がギュッと締め付けられる。


2人のやりとりをこれ以上見ていたくなくて


歩の笑顔をまた私の言葉で曇らせてしまうのが怖くて、私は席をたつ。

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