《MUMEI》 翌日、早朝 携帯のアラームで篠原は眼を覚ましていた 昨日入る事をしなかった風呂へと入り、朝食も適当に済ませると早々に仕事へと出かける 理由は、特にない 別段しなければならない急ぎの仕事がある訳でもない 唯、家の中に一人でいる事に耐えられなかっただけ 早朝の冷えた空気の中、まだ眠気の最中にあった頭が 幾分かっきりとした気がした 「随分と早いね。シノ」 途中、村岡の店の前へと差し掛かり 開店準備の最中だったらしい北川に出くわした 向けられた言葉に対し お前もな、とだけ返せば 「どしたの?何かいつも以上に不景気な顔してる。何かあった?」 北沢からの鋭い指摘 だが篠原は何を答えて返す事もせず、髪を掻いて乱す 「ま、別にシノがどうだろうとどうでもいいけど。今日、ショコラちゃんは?」 一緒じゃないのか、との問いに篠原の表情が瞬間引き攣る やはりおかしい篠原の様に、北沢はため息をつきながら 「どうかした?」 やはり問うてくる ソレに返してやる事はやはりせず 「別に。悪い、俺仕事行くわ」 話しも程程に篠原は踵を返した 呼び止めてくる北沢の声に振りかえってやることもせずその場を後に ソレからコンビニで昼食用のパンと、いつものチョコレートを買い、篠原はいつも通りに出社 普段と変わらずに仕事をこなしながら、漸くの昼休み 何となく屋上へと篠原は向かい 割と静かなそこで、買ってきたパンと自販機で買った缶コーヒーとで簡単な昼食 食べ終え、一息ついた篠原は大きく背伸びに空を見上げる よく晴れた晴天 暫くそのまま眺めていた篠原 穏やかな日差しに誘われつい出てしまった欠伸に涙目になってしまった 次の瞬間 篠原の手元に降って来た何か 一体何かと見てみれば ソレは普段から篠原が好んで食べる無糖のチョコレートで 何故これが突然に降ってくるのか その不可思議過ぎる出来事に、篠原は無意識に辺りを見回していた だが其処には篠原以外誰の姿もなく その事に僅か溜息をつくと、屋上への出入り口が開く音が鳴った 軋むようなその音に向いて直れば 「篠原さん、やっと見つけましたよ」 篠原を探しに来たらしい後輩社員の姿が 篠原は面倒臭そうに神を掻き乱しながら、一応は何用かを問うてやる 「部長が呼んでました。何か、今日の会議の資料で分からないところがあるからって」 「……またか」 いい加減仕事の出来ない上司にうんざりしながら だが呼び出しを無視するわけにも当然いかず 降って来たチョコレートを無造作にポケットへと突っ込むと、オフィスへと降りて行った 管理職とは名ばかりの上司の尻拭いを片付けた後、その他諸々の仕事をこなして行けば 見る間に、時計は五時を指していた 「篠原、今日飲みに行かねぇ?」 同僚からの誘いも程程に断り 篠原は早々に帰路へと着いていた 自宅へと帰り着けば昨日食い荒らしたチョコレートの名残が至る所に 余りの汚さに、自身でやった事とはいえ溜息が出た 「……片付けるか」 一人言に呟き、取り敢えずかたずけtる事を始める 部屋中に漂うチョコレートの香り 片せば片す程、手は溶けて行くチョコレートに塗れていって 終わる頃には、すっかりソレに塗れてしまっていた 「……甘ったる」 指先を舐めてみれば当然の甘み その甘みは、居なくなってしまったあの存在をどうしても思い出させる 笑い顔と、泣き顔と どれだけ思い出しても、ただ虚しさばかりが増していく そんな自身へ、篠原は嘲笑に肩を揺らしながら 「風呂入って、メシ食って、さっさと寝よ」 自分へ言いきかせる様に呟いて 荒方の片付けを漸く終え、腰を降ろした そのすぐ後 自宅のポストへ何かが入る音が 何かと見に向かってみれば、またしてもチョコレートで ソレの意味が分かる筈もない篠原は首を傾げるばかりだ (……傍に、居るよ) 以前にも聞こえた声 だがやはり部屋の中には誰の姿もなく 改めて見る空っぽの部屋 都合のいい幻聴を聞いてしまう程草臥れているのだと篠原は思い込み 先刻の言葉通りに篠原は早々に風呂を入り終えると そのまま床へ着いたのだった…… 前へ |次へ |
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