《MUMEI》
猛虎
覆面をしていても、目を見ればわかる。いかにも淫らな想像をしてそうで、美果も夏希も、身の危険を感じた。
「起きて」
「ん…ん?」智文はようやく目を開けた。
「どうしよう?」夏希が正座した状態でおなかに手を当てる。
「諦めちゃダメよ」美果は力強く立ち上がった。「待ちなさいよ。あたしが目的なんでしょう。この二人は関係ないでしょう!」
夏希も立ち上がる。
「仙春美さん。逆さ吊りは頭に血がのぼるから、せめて宙吊りにしなさいよ」
「ほほほほほ。じゃあ、夏希チャンには、生でバター犬を体験させてあげる」
「うっ…」夏希は怯んだ。
(言うんじゃなかった)
男たちが迫って来る。美果と夏希はドアまで下がった。8人がかりでは、あっという間に裸にされて、縛り上げられてしまう。
もちろんそれで終わりではない。それから何をされるかは想像がつかない。
いきなりレイプではなく、わざと屈辱的なことをやりそうな面々。
美果と夏希は唇を噛んで強気に男たちを睨みつけているが、胸のドキドキは止まらない。
智文が勢いよく立ち上がると同時に美果が服を掴んだ。
「え?」
「ダメよ」
今度はデブンも容赦しない。美果は智文を止めた。
男たちはわざとゆっくり迫り、恐怖をちらつかせる。先頭のデブンが美果を見ている。美果を狙っている。嫌らしい目で何を考えているのか。
(負けてたまるか!)
美果もデブンを見すえた。
そのとき。覆面男たちの目の前にレインボーの光。
「な、何だ?」
突如として煌びやかなマントを纏った女が現れた。
「え?」
仙春美も男たちも蒼白になった。夏希も目を丸くしている。
「お母さん」美果が言った。
「お母さん?」夏希は驚きを隠せない。
「美果。よく頑張ったわね。偉いわ」
「お母さん」
「ここは私に任せて、あなたたちは行きなさい」
「ありがとう」
母はバトンを出す。ざわめきが起こる。バトンをドアに向けるとドアが開いた。
夏希は目を見開く。
「行こう」
智文が言うと、母はバトンを美果に向けた。
「美果。そのカッコはいくら何でも出血大サービスでしょう?」
美果は、下着姿から真っ赤なドレスと赤い靴に早変わり。
夏希は茫然自失。智文が全く驚いていないのも信じられなかった。
「行こう」
三人は外へ飛び出した。
「マジックよマジック。錯覚だ、ビビるな!」
震えながら叫ぶ仙春美に、母は冷笑を向けた。
「これでも錯覚と言える?」
バトンが動く。七色の光の中から、猛虎が現れた。
「ぎゃあああ!」
「逃げろう!」
皆我先にと逃走する。虎はひと声吼えると、躍り上がるように追いかけていく。
いちばん後ろの仙春美が前のめりに転んだ。
「しまった!」
すぐに仰向けになるがすぐそこに虎が。
「命だけは!」
虎は仙春美を素通りして男たちを追う。
「あれ?」
階段。男たちは背に虎の姿を見て、慌てて降りようとしたから、階段を転落した。頭と言わず顔と言わず、痛打しながら転げ落ちていく。
「痛い!」
「痛過ぎる」
虎の狙うは一人。デブンの腕にガブリと噛みついた。
「NO!」
今がチャンスとばかりほかの者はドアを閉めて鍵も掛けた。
薄情な仲間に見捨てられたデブン。虎に向かって涙目で哀願した。
「すいません、噛んでる気がするんですけど。噛んでる気がするんですけど」
しかし猛虎は許さない。ギリギリ牙を立てる。腕から血が滲んだ。
「ちいいいいい!」
デブンは気絶した。虎はギロリと階段の上を見る。仙春美と目が合った。
「まずい」
腰が抜けた春美は這うように逃げる。虎が上がって来た。怖過ぎる。
床にすわりながら必死に口笛を吹く。犬が走って来た。しかし虎を見ると慌てて逃走した。
「嘘!」
猛虎が睨みながら近づく。
「命だけは、命だけは!」
美果の母が見下ろす。
「よくも大事な娘をかわいがってくれたわね。お礼をするわ」

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