《MUMEI》
4th kiss
 朝、カーテンを閉め忘れた窓から差し込んでくる朝陽に中てられ
篠原は眼を覚ましていた
まだ眠いばかりの頭を叩き起こし、ベッドから降りると
新聞を取りに玄関へと向かう
郵便受けに無造作に突っ込まれていたそれを一通り眺め
さして面白くもなったのか、すぐゴミ箱へと放り入れていた
それからすぐにパンをトースターへとぶち込み
さして美味しくもないインスタントコーヒーをお供に簡単すぎる朝食
美味しいも、美味しくないも関係なく
唯作業の様に食べることをする篠原
早々に食べ終えると、食器を片す事もせず身支度を始めていた
ショコラが来る前の、何の変わり映えのしない生活
ソレが、とてもつまらなく思えてしまう自分に
「……らしくねぇな」
今の自分は本当に自分らしくない、と篠原は肩を揺らすと
仕事へと出掛ける為家を出る
車へと乗り込み、ふと助手席を見やった篠原
其処に、何故かチョコレートが落ちている事に気付く
「……俺、車の中に置いてたか?」
置き忘れた記憶などない篠原は首を傾げ
そのチョコレートを手に取って見る
篠原が好んで食べる無糖のチョコレート
先日、ポストに入っていたのもコレで
一体どういう事なのか、と訝しみながらも
取り敢えず篠原は車を走らせ始めた
街中は秋の彩りを終え、すっかり冬支度に変わっていて
気の早い処ではクリスマスをイメージした飾り付けまでされている
途中、昼食用の弁当を買いに寄ったコンビニでは
冬季限定のチョコレートが既に発売されていた
だが篠原はそれを横眼で見通るだけで買わず
弁当だけを購入し、店を出た
「……もうそんな時期か」
車へと乗り込みながら一人言に呟く
何気なく篠原は助手席に置いたままだったチョコレートを一つ取って
食べた、すぐ後
(……恭弥)
何処からかまた声が聞こえてくる
今までの声とは違い、それははっきりと聞こえた様な気がして
篠原はついブレーキを踏んで、つい車内を見回した
聞こえてきた声は、ショコラのソレの様な気がして
だが、当然誰の姿もある筈はなく
それでも
「……ショコラ」
篠原はまるでその微かな声に応えるかのようにショコラのなを呼んで
チョコレートへ触れるだけのキスをしてやった
「……ずっと、俺の傍に居たんだろ?」
ここ数日、篠原の近くに在ったチョコレート
ソレは多分、ショコラの自己主張で
(……見つけて、欲しいの。恭弥……!)
今度は確実に、その声は聞こえ
篠原は何所へともなく両手を伸ばした
何もない筈の其処を掴んだ篠原の手に
何かを掴んだ感触
懐かしく香る甘さを引きよせてやれば
求めていた存在が、腕の中へと降ってきた
「ショコラ、見つけた」
強く抱きしめてやれば
その小さな肩が涙に揺れ始める
「……ショコラを傍に居させてくれるの?ショコラ、甘いチョコレートになっちゃった。恭弥の嫌いな、甘いチョコレートに……!」
「好きだよ」
泣いてしまうのを宥めてやる様に
篠原の柔らかな声がショコラの耳元へ
その言葉に、ショコラは篠原を見上げる
「甘いチョコも、お前も、大好きだ」
照れてしまう顔を見られない様に
ショコラの身体を更に抱き込んでやりながらの言葉
向けられる篠原からの愛情に
ショコラが泣きだしてしまうまでそう時間は掛らなかった
「……ショコラも、好き。恭弥の事、大好き」
涙混じりの可愛らしい告白
ソレと同時に、ショコラの手の平から一粒、チョコレートが落ちる
座席の下に転がってしまったソレを篠原は取ると一口
食べてみれば、ソレは無糖のチョコレートだった
「……苦」
篠原の呟きに、ショコラは首を傾げて向け
そんなショコラへ
篠原は笑んでやると、その頬へと手を触れさせ
引き寄せて、キスをしていた
まだ溶けきっていないチョコレートがショコラの唇にも触れ
篠原の言葉の意味を、その時にショコラは理解する事が出来た
「……ショコラのチョコ。甘くなくなってる」
元の、甘味のないチョコに戻った自身のソレに
見て解るほど、嬉しそうな顔をして見せた
「恭弥、戻った!ショコラのチョコ、元に戻ったの!」
「そうだな」
笑ってくれる事が何より嬉しくて
はしゃぐショコラへ

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