《MUMEI》
約束
「どういうことなの?」
夏希が美果に迫る。美果は普通に笑っている。
夜のビルの屋上には、三人以外はだれもいない。
「夏希チャン。初めてマンションで会ったときのこと覚えてる?」
「え?」
「あたしは初めから魔法使いとしか言ってないよ」
「そんな」
今さらながら、美果が二度も簡単に部屋に侵入したことを、夏希は思い出した。
夏希は現実を受け止めきれない。この世に魔女がいる。目の前にいる美果は、魔女。
確かに美果の母がしたことは、マジックというより魔法だった。
「智文さんは知ってたの?」
夏希の咎めるような目に、智文は真顔で答えた。
「ごめん」
「何であたしに黙ってたの?」
「別に、黙ってるつもりはなかったけど…」
そこへ美果の母がレインボーの光とともに現れた。
「わあ!」
夏希は思わず智文の後ろに隠れた。智文は真剣な表情で母に頭を下げた。
「美果さんのお母様ですか。助けていただいて、本当にありがとうございました」
夏希も一緒に頭を下げる。命の恩人だ。
「智文さん。夏希さん。美果と仲良くしてくれて、ありがとうね」
「いえいえいえ」夏希が首を左右に振る。
夏希は改めて美果に聞いた。
「美果チャン。人間じゃないの?」
「そうだよ」
「あっさり言わないでよ」
口を尖らせる夏希を見て、美果は明るく笑った。
「今までのあたしを見て、人間にしてはおかしいと思わなかった?」
「だから、全部マジックだと思って」
夏希は、普通とは言えない美果のセリフや行動を思い返しているうちに、大事なことを思い出した。
「あれ、さっきは何で魔法使わなかったの?」
「使えなかったのよ。使えてたらあのデブゴリラなんか、ぬいぐるみにして蹴っ飛ばしてるよ」
「美果」
「冗談よ」美果は怖い母のほうを向いた。
眩しそうな目をして見つめる夏希。美果は一歩前に出た。
「しばらくのお別れね」
「嘘?」夏希は美果の両腕を掴んだ。「行っちゃうの?」
「また遊びに来るよ。あたしは気まぐれだから」
「本当に? 永遠の別れじゃないよね?」
泣きそうな夏希を見て、美果は感動した。
「ありがとう。ワイン飲みに乱入するから、熱烈歓迎して」
「当たり前じゃん。いつでも乱入して。大歓迎するから。絶対よ。約束よ」
夏希は美果を抱きしめた。美果も幸せそうな表情で抱きしめる。
「美果チャン」
智文が声をかけると、夏希は美果を放した。美果は智文と握手する。
「司君。いろいろありがとう。楽しかった」
「過去形はやめなよ」夏希が言う。
「ハハハ。夏希チャンに譲るから」
智文も夏希も、それぞれ異なる理由で胸が熱くなった。
「いいの?」
「司君をよろしく…夏希チャンをよろしく」
美果の明るい笑顔。智文と夏希は真顔だ。笑えない。
「じゃ、またね」
「…また」
「待ってます」
お互いに手を振って別れた。美果と母は、消えずに、歩いて屋上の出入口から出ていった。

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