《MUMEI》
口づけ
一カ月が過ぎた。
夏希が休みの日の夜。智文は彼女のマンションに招かれた。
不思議な魅力を持った夏希は、さらに人気が高まり、ドラマにCMに大活躍。
とても外で智文と会える状況ではなかった。
二人はソファに並んですわり、ガラステーブルのワインを手にした。
「乾杯」
「いつもお疲れ」
智文はひと口飲むと、ソファを触った。
「これいいね」
「安いから買ったの。だってみんなベッドにすわりたがるんだもん」
「普通すわっちゃうでしょ?」
「ベッドはイスじゃないよ」
智文は夏希の顔を改めて見た。笑顔も素敵だし、すました顔もかわいい。文句なしのルックス。
顔立ちがいいだけでなく表情が豊かで、人相が良い。智文が見とれていると、夏希は口もとに笑みを浮かべ、首をかしげた。
「ん?」
「いや、夏希チャンやっぱりかわいいなと思って」
「おっと」夏希は嬉しそうな顔をすると、ワインを飲んだ。
智文が急にまじめな顔になる。夏希も察して、ワインをテーブルに置くと、唇を結んで智文の顔をじっと見つめてから、静かに瞳を閉じた。
胸の鼓動が高鳴る。緊張の一瞬。甘い空気が、部屋中に溢れていく。
二つの唇がゆっくりと近づいていった。
「……」
そのとき。ワイングラスが音を立ててテーブルの上を移動。二人はパッと離れた。
「…譲るんじゃなかったの?」
「違うよ、テーブルが濡れてたんだよ」
「味噌汁じゃあるまいし、そんなに移動するかっつーの」
確かに30センチは滑り過ぎだ。
智文はそれでもテーブルを拭いた。その智文の唇めがけて、夏希は不意打ちのキスを狙って顔を近づけた瞬間にワイングラスが浮いた。
「きゃあ!」
「嘘…」
夏希は怒った。
「智文さん友達でしょ。バシッと言いなさいよ」
「君だって親友じゃん」
「あたしは言うよ」夏希は空中に向かって言った。「美果こら。譲るんじゃなかったの?」
すると、戸棚からグラスがゆっくり飛んで来た。
「わあ! わあ!」智文に抱きつく。
今度はワインの瓶が浮いてグラスに注ぎ始めた。夏希は顔面蒼白で叫んだ。
「美果様。歓迎するとも言いました。歓迎します。熱烈大歓迎です!」
智文がワイングラスを持つ。
「三人で乾杯って意味じゃないの?」
「ホント?」夏希は恐る恐るグラスを持った。「お化けじゃないよね?」
「たぶん」
三つのグラスが合わさった。
「乾杯!」
夏希の携帯電話が鳴る。
「わあああ!」
「電話だよ」
「びっくりした…あ、マネージャー。もしもし」
『夏希チャン。新しいドラマの話なんだけど。主役よ』
「どんな役?」
『SFファンタジーでラブストーリー。あなたは魔女の役よ』
「魔女!」夏希は目を丸くした。
『そう、魔女。魔女に関する資料を用意する?』
夏希はキュートなスマイルを浮かべると、言った。
「必要ないわ。だってあたし、本物の魔女と親友だから」
『ハハハ。その調子よ。頑張って』
夏希は美果に向けて、笑顔でVサインを送った。



END

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