《MUMEI》

狭い階段を昇った先にそれはあった。

安っぽいアルミのドアのガラス部分に『職業 安定所』と書いてある。

職業 と 安定所 の間に何かかすれたような後があるけど、なんだろ?

そうでなくても気になることだらけで色々考えてはみたけど、不信感より好奇心が勝ってしまった。

とりあえず私は諸々を気にしないことにして、ドアを開け中へ進んでいった。




そこは、私が知っている職安のイメージの欠片もない空間だった。

壁は本棚で埋まっていて、本やら書類やらがぴっちりと詰まっている。

さほど広くない部屋の真ん中に、古い、でもすごく綺麗に磨かれた木製の机とリクライニングチェア。

その前に、応接用らしい脚の低いガラステーブルと対面に置かれたソファ。

行ったことはないけど、弁護士事務所なんかがこんな感じかな、とか思った。


………それにしても、職安らしさが1つもない……

やっぱり違ったかなと思って引き返そうとした時、本棚の間にあったらしい(私からは見えてなかった)ドアから、コーヒーカップを片手にした人影が現れて、私は思わず声をあげて驚いた。


「おや、お客様でしたか。ようこそ、さあこちらへ」

「え?あ……はい…」

「驚かせてしまってごめんなさい。こちらも久しぶりのお客様で少々びっくりしましたよ」


そういって笑う、白髪まじりの優しそうなおじさんに勧められるまま、ソファに腰を下ろした。



「それでは改めまして、私、当職業不安定所の所長を勤めております、林田と申します。本日はどの様な離職をお探しですか?」


……物凄く耳慣れない単語が聞こえた気がする。


「職業…安定所ですよね?」

「いえいえ、職業、不、安定所でございます」

「不安定……」

「はい。不安定所、でごさいます」

「でも、入口には職業安定所って…」

「あぁー真ん中の不の字が消えかかってるですよね〜。直さなきゃなっては思ってるんですが、アハハ」


………笑えないです……


「当方はお客様の素敵な離職をご提案させて頂く職業不安定所。さぁ、お客様のご希望をお聞かせ下さいませ」

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