《MUMEI》
2
 「随分と、降ってきましたね」
深沢達が迷い込んだ森へと向かっている最中の車内
フロントガラスに一粒弾けた水滴に正人が呟いた
だが助手席、後部座席に乗っている深沢達は何を返す事もせず
仏頂面で、唯乗せられているだけだった
「……それで、道はこっちでいんですか?深沢さん」
機嫌が悪い事など解っているだろうに、わざわざ深沢へと話を振る正人
しかし、道を尋ねられた処で
あの場所には偶然辿り着いただけであって、案内など出来るいハズもない
その旨を無愛想に告げてやれば、溜息がわざとなのか、聞こえすぎる程に聞こえてくる
仕方がない、と正人が前を見据えた、その直後
目の前に何かを見つけたのか、車を急に止めていた
「……あれは?」
道の途中放置されているらしい廃車の様な車を見つけた
それは深沢達が此処を訪れた際乗り捨てた車で
その車体には、その全てを覆い尽くす様に大量の蝶が群れを成していた
どうやらそれに興味を示したのか、正人は車を止め近く寄っていく
「!?」
その中を窺った正人の眼が見て解る程に見開いた
一体どうしたのか、と深沢も中を見てみれば
其処には、ヒトの死体が座っていた
一目見て死体だと解ってしまう程、それは腐乱し、辺りに悪臭を漂わす
「これは、一体……」
能面のように表情が乏しかった正人も、流石に驚きを隠せなかった様でとにかく中を確認しようと戸に手を掛けた
「……近づかぬ方がよろしゅう御座いますよ」
触れた瞬間、背後からの声が聞こえる
その声の方へと向き直った正人。そこにはあの老婆の姿があった
「あなたは?」
当然その老婆に見覚えなどなかった正人は訝し気な顔それを向けられた老婆は口元に僅かな笑みを浮かべ
「名乗る程の者ではありませぬよ。私は唯、アレを拾いに来ただけ」
老婆の指差した先には死に体
決して軽くはない筈のソレを老婆は軽々と肩へと抱え上げる
「……その方が何故亡くなったのか、調べる事はしないのですか?」
そのまま立ち去って行こうとする老婆へ正人問う声
老婆は立ち止まる事はせず、そのまま森の奥へ
入って行けば其処にある集落
痛いを担ぎ、その中を歩いて行く老婆に
周りの村人はざわつきながらソレを唯眺め見る
集落の中程まで入ると
老婆は担いでいた死体を土の上へと無造作に放り出した
「それを一体どうすんです?」
横たわる死体を眺めるばかりの老婆へ正人が問う事をすればだが返答は無く
その内、死体の周りの土の中から虫が這い出し始めた
皮をはぎ肉を啄んで
怪訝な顔でその様を眺めていれば、その虫達が蝶へとその姿を変えていた
次々生まれ、そしてすぐに落ちて行く蝶々
辺り一面が、段々とその蝶の彩りに染まっていく
「これは……」
地べたに座り込み、その蝶の死骸を拾い集め出した老婆
生まれたばかりで死に逝く様を
何を思う顔で眺めていた
「……教えて下さい。これは、一体何なんです?」
説明を求める正人へ
老婆は干た笑いに肩を揺らしながら
「……これは、(餌)ですよ。我々のゆりかごを守り続けて下さっている(蜘蛛様)への捧げものです」
「蜘蛛?それは一体……」
聞けば聞く程、解らない事ばかりが増していく
流石に困惑してきたらしい正人へ
「……雨が降る度に蝶を供える。これがその村に古くからあるしきたりです。何ならお会いになられますか?蜘蛛様に」
老婆は厭らしい笑みを浮かべる
(蜘蛛様)
始めて聞くソレに、それは一体何な野かを、正人は当然老婆へ問う事をしていた
「蜘蛛様は蜘蛛様です。この森の主様です。私達は蜘蛛様から此処に住まいを借りている身。生き続けるには代価が必要なのです」
「……その代価が身内の死体、なんですか。守る事とは随分かけ離れていますね」
「いいえ。あの方の行いは全てが正しいのです」
「そう、ですか。それで?その(蜘蛛様)は一体何所に?」
会ってみたい、との正人の申し出に
老婆は快く頷いて、踵を返すと村の更に奥へ

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫