《MUMEI》

私は母に尋ねてみた。
「正夢って見たことある?」
母はしばらく不思議そうに私を見つめた。
「しばらく見てないわね、正夢って正夢だと信じるから「正夢」になってしまうと思うの。嬉しい夢を見たら信じて怖い夢は忘れる。それでいいんじゃない?」

無邪気に笑った母は夕食の支度を始めた。だがどうも納得いかないので再び尋ねた。
「もし、怖い夢を忘れることが出来なかったら?」
「次こそはきっといい夢が見られると思えばいいのよ!」
「なるほど…」
苦笑しながら答えた。

少し眠くなってきたので頬杖をついてゆっくり目蓋を閉じて思った。結局正夢って人が都合のいいように解釈しただけでウソだなと。



どのくらい経っただろう…
気がつくと頬に袖の跡がついて痒い。そしてまな板の音が頭に響いてくる。
「母さん、夕食は?」
「トンカツよ。お父さん好きだし。カズヤ、サラダ油取って」
食器棚の下からサラダ油を取って手渡そうとした時、寝ていてきがつかなかったが今気づいて血の気が引くのがわかった。どうやら風向きの関係で全く母は気づいてないらしい。
「母さん、」
言いかけると鍋にサラダ油を入れてガスコンロに火を付けようとしている母が
「えっ?」
「ガスくさ…」









どのくらい経っただろう…
はっとして気がつくとキッチンのテーブルで居眠りをしていたらしい。しかしリアルな夢だった…

あまりにリアルだったので目の前にいた母に尋ねてみた。
「正夢って見たことある?」
母は急に寝起きの私に尋ねられ不思議そうに私を見つめた。
…どこかで見たような眼差し

「しばらく見てないわね、正…」


焦った。フラッシュバックした。さっきの居眠りをしている時に見た夢と同じような事を言っている。不思議な好奇心と恐怖を感じながら聞いてみた。聞かなければ気が済まない。無邪気に笑った母の顔は今は怖くて直視できない。
「もし、怖い夢を忘れることが出来なかったら?」
母から夢とは違う返事を期待した。下唇を噛んだ。鉄の味がする。
「次こそはきっといい夢が見られると思えばいいのよ!」
…仕方なくなるほどとだけ答えた。苦笑するしかない。そう信じたいから出た言葉だが夢の言葉と全く変わらなかった。


そして、あの忌々しいまな板の音が聞こえてきた。心臓が高鳴るのも分かった。

正夢はウソだと私は信じたい。もし本当ならばガス爆発に巻き込まれ終わる人生の最期が容易に描けるからだ。
眠くなってきたが空腹なので思い切って聞いてみた。
「母さん、夕食は?」
「トンカツよ。お父さ…」
トンカツと聞こえたとたん何故空腹になるのかさえ疑問に感じた。そう、腹が減るとは生きているしこれからも生きる為に食べるのだ。しかしこのままじゃ…

早くこの悪夢のような現実から逃れたい


怖い

死ぬ、イヤだ
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ…

誰か助けて、怖い…

怖いよ…


考えてるうちにあることに気づく
…悪夢のような現実?

もしかして、夢?
いや、さっき確かに夢から覚めた。でもあまりにも完璧すぎる。

現実か、夢か?




悩んだ末、母の言葉を思い出す。
…次こそはいい夢が見られる


決心した。
この悪夢のような現実?か夢から覚めるには手段はひとつしかない。

次こそはいい夢を見る

再び眠気に身を任せていると「油取って」の声が聞こえてきた。私はその呼び掛けに応じたくはない。早く眠りに堕ち次の夢を見なければ、フィナーレを迎える前に…


そして心の中で囁いた。「おやすみ」と。

そしていい夢を見ることを願って頬杖をついた。


最後にひとつ祈り、目を閉じた。これが永眠とならないように…



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