《MUMEI》 織田はパラパラと電話帳をめくると受話器を取り、硬貨を入れた。 ユウゴはその様子を見ながらわずかに表情を歪めた。 車内が臭いのだ。 その異臭は間違いなく後部座席から漂ってきている。 ユウゴは耐え切れず後ろへ顔を向けた。 すると同じように表情を歪めたケンイチがこちらを見ていた。 「やっぱ、臭うよな?」 ケンイチの言葉にユウゴは頷いた。 「強烈だな。これは」 血の臭いは当然、初めてではない。 もっと大量の死体がある場所をくぐり抜けたことだってあるのだ。 もうその臭いには慣れたと思っていた。 だが、そうではなかったらしい。 ここが車の中という閉ざされた空間だからかもしれない。 逃げ場のない異臭が正常な空気を侵食しているのだろう。 「窓、開けるか?」 ケンイチは言うが早いか、ドアにあるスイッチに手を伸ばす。 それをユウゴはすかさず止めた。 歩道を中年の女が歩いている。 この臭いに気づけば少なからず変に思うだろう。 ここで一般人の印象に残ることは避けたい。 幸い、周りには女一人しかいない。 彼女が通り過ぎれば空気を入れ換えることができる。 ユウゴは込み上げてくる吐き気を堪えながら女が通り過ぎるのを待った。 前へ |次へ |
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