《MUMEI》

 「…………」
 「答えろ、流!」

 糸の切れた人形のように顔を俯き、沈黙を続ける流に、俺は怒りを抑え切れなかった。
 もし流が殺人衝動を自分でコントロールできなるなら、俺たちがやってきたことはなんだったんだ?
 無力感と徒労感で、胸がいっぱいになった。
 思えば、俺はこの時から目が曇っていたのかもしれない……。

 「……できますよ。」

 流は、それだけ答えた。

 「いつからだ?」
 「王士と、あの約束をしてから」
 「あの約束……」
 「人が死ぬと、王士が悲しい」
 それは、連続殺人を犯した少年がターゲットになった時に交わした約束、というより希望だった。
 流が少しでも長く衝動を我慢できるのなら、彼女の手がそれだけ汚れずに済む。
 もしかしたら、殺人衝動の連鎖から抜け出せるかもしれない。
 そう思っての約束。
 あの時、流は殺人鬼となってからも約束を思い出し少年を殺すのを止めてくれた。
 その時、俺がどんなに希望を見出だしたか、自分でも計り知れない。

 「はじめは我慢しようとしてもダメでした。でも王士との約束を思い出したあの時から、少しずつ、少しずつ抑えられるようになったです。今は、ほとんどコントロールできるです。限界も分かるようになりました」
 「だったら! なんで言ってくれなかった! そんな様子、一度も見せなかっただろう!?」

 そう言われた流は、叱られた子供のように悲しげな顔になり、そして「えへへ」と小さく笑った。

 「王士と離れたくないからです」
 「なに?」
 「流が普通の女の子になったとしたら、王士は流から離れていきます。それは嫌です。だから、コントロールできない振りをしてました。流がそうしていれば、王士はずっと流のそばにいるですよね?」
 「人が、人の生き死にがかかってるんだぞ! ふざけるな!」
 「王士、なんで怒ってるですか?」

 きょとん、とした表情で俺の怒りに疑問を示す流。
 そのあまりにも無邪気な様が、かえって流の残虐さを表しているように感じた。

 「関係ないです、流には王士さえいればいいんですから。それに、人を苦しめる人しか殺してません」
 「流……」
 「お兄ちゃんに言っても無駄ですよ? 今まで騙されていたんだから、王士の話を信じるわけないです」
 「おまえ……」
 「王士、もっと流のそばにいて、もっと構ってください。でないと、殺すですよ? いっぱいいっぱい殺すです。そうですよ悪人をいっぱい殺しましょう! 悪人を倒す、正義のヒーローヒロイン! マイナーだけど、そんなラブコメも燃えるです♪」

 邪悪。
 あまりにも邪悪だ。
 目の前で愉快そうに笑う少女は、俺の知る森川 流ではなかった。
 おかしくなってしまったのか?
 それとも、これが本当の流?
 俺は、走り出した。
 バラバラになったターゲットのところまで。
 そこに転がっているバタフライナイフを目指して。
 距離も遠くなかったこともあり、あっさりと取れた。
 ナイフを両手で突き出すように構え、その場で構える。

 「王士?」

 流が不思議そうに尋ねるのを無視して、俺は言った。

 「流、その望みは、考えは間違ってる。それは……もう人間の考えじゃない。」
 「だから? そのナイフでどうするですか?」

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