《MUMEI》

着いた其処には、神社の様な鳥居と家屋
そして、庭に大量な群れを成す蝶達の姿があった
「……蜘蛛様、少し宜しいですか?」
戸越しに尋ねれば、か細い声で諾と返ってくる
深々とその場で一礼し、老婆は戸へと手を掛けた
開かれたその中に居たのは、まだ年若い女性
全てを顕に、素肌の上に蝶を侍らすという艶めかしい姿でそこに座っていた
「……蜘蛛様、またその様なお姿で……」
老婆が窘めようとするが、女性は困った風に笑ったまま
だが、深沢達の姿を煮るなりその笑みは消え
女性は深沢達を眺め見ていた
「……この、方達は?」
「はい。蜘蛛様にお目通りしたいと申していたもので連れて来たのですが」
「始めまして。蜘蛛様」
老婆の言葉も途中、正人が一歩前へでる
蜘蛛と呼ばれる女性の手を掬い取ると、その甲へと口付けていた
「中川 正人と申します。本日は蜘蛛様にお尋ねしたい事があって参った次第です」
「何でしょう?」
「この杜に居る蝶々の事です」
「蝶の、事?」
何を問うつもりかと首を傾げる蜘蛛、可愛らしく見えるその仕草に
だが正人は表情一つ変える事はせず淡々と続ける
「はい。本来蝶を喰らう立場であるはずのアナタが何故これ程大量の蝶を囲っているのか。それをお尋ねしたいと思いまして」
「何故、そんな事を……?」
「此処は元々、幻影という蝶を研究していた場所だ。その場所に大量の蝶が群れを成しているのは納得ができますが。何故(蜘蛛)と呼ばれている者が居るんでしょうね」
返答にたどたどしくなっていく蜘蛛
ソレを構う事もせず更に問い質そうとする正人の背後に
唐突に老婆が立っていた
「……蜘蛛様は、(堕ち人)だからですよ」
声と同時に、刃物が肉を抉る湿った水音が聞こえ
見れば背後から差し抜かれ、腹から刃先が覗いている
「……私、を殺し、て食べるつもりですか?」
当然に痛むのか、途切れ掠れる声
それでも笑みを含ませたそれを口元に浮かべて見せる正人へ
老婆は怪訝な顔をして見せた
「……そうなりたくなければこれ以上詮索なさいますな」
言葉の終わりに刃を引き抜けば、身体を支えるモノを失った正人のソレが崩れ落ちる
床に広がった血溜まりの上へと倒れ込み、その弾みで飛び散った血液は蜘蛛の頬にまで飛んで散った
「……婆や」
「やはり、外の人間などロクな者が居りませぬな」
蜘蛛へと散ってしまった血液を着物の袖で拭い取ると
老婆は踵を返すと、深沢達へと向き直った
「……蜘蛛様。この者たちも所詮は余所者。どうせ私達の事など理解出来ぬのでしょう」
「だから、殺すってのか?」
向けられた刃物から滝川を庇う様に達
老婆と暫く無言での対峙
どちらともなく動こうとした、次の瞬間
その間を隔てる様に蜘蛛が中に立っていた
「駄目です。婆や」
「ですが、蜘蛛様……」
「婆やの気持は解ります。ですが、今はその方を弔うほうが先です。お願い、婆や」
深々頭を下げる蜘蛛へ
老婆はそれ以上何をいう事もせず
正人の身体を以前と同じように老人とは思えない力で担ぎあげると外へ
襖が閉じる音が鳴ると、蜘蛛はその場へと座り込んでしまう
「申し訳、有りません。婆やは私を守ろうとあんな事を……」
床についてしまう程深くまた頭を下げながら、謝罪を口にするばかりの蜘蛛へ
深沢は溜息を一つつくと
何を返す事もせず、何となしに外を眺め見た
突然降り始めた雨
粒が屋敷の屋根を打つ音が最初は僅か。だが段々と大きくなっていくソレに、蜘蛛の表情が明らかに変わる
まるで、何かに怯えるかの様に
「……雨だ」
外の様子を眺めていた滝川へ
蜘蛛もまた、滝川と同じ方を見る
「……あの方の死を、森が嘆いている」
空を仰ぎ見ていた蜘蛛は、徐に呟くと踵を返し外へ
濡れてしまう事も構わず雨に降られる
全身を覆っていた蝶の群れが、羽根を濡らされ土へと落ちて行った
「……幻影さえ、あの蝶々さえ手に入れる事が出来れば、私達は雨に脅かされることもないのに……」
顔を伏せ、憂う様に蜘蛛は呟いて
そして深沢へと、すぐに視線を上げて向けていた
「助けては、戴けませんか?私達を……」
「は?」
「あなた様の蝶を、(幻影)を私達に下さいませ」
穏やかすぎる微笑みを向けられた直後
深沢の全身を何かが絡め取る

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