《MUMEI》

 「ぬあああああっ!」

 俺は絶叫をあげながら、体ごと流を起こし、今度は安全なように仰向けに、半ば投げるように倒した。
 そこで力尽き、覆いかぶさるように倒れ込もうとする体を、疲れた両手を地面につけることで持ち堪えた。
 ……端から見たら、押し倒したように見えるんだろうな。
 そんなくだらないことが唐突に浮かんで消えた。

 「ひっく……ひっく」

 下で、流がしゃくりあげながら泣いていた。

「……なんで泣くんだ?」
 「どうして、死なせてくれなかったですか?」
 「なに?」

 倒れ込もうとしていたのは俺が殴ったからじゃなく、自殺しようとしていたっていうのか?

 「流が、流が生きてたら、王士が苦しむです。王士が苦しむのは嫌です。……だから。」
 「俺は……」
 「流がいなくなったら……王士は楽になれるですよね?」

 俺はしばらく言葉を出せなかった。
 以前、朝早くに流が行方不明になったことがあった。
 けっきょく学校にいたのだが、いつもしていた一緒の登下校をすっぽかされた形となり、それについて荒生先生に責められたことがあったのだ。
 「ラブコメイベントをすっぽかされるなんて、愛想を尽かされたんじゃないのか」と。
 俺の答えは「そしたら楽になれる」。
 弁解はしない。
 偽らざる気持ちのひとつだから。
 だけど……

 「バカを言うな、俺は、こんな形で……終わることなんか、望んでない!」
 「でも……」
 「それができるんなら、それで俺が満足できるんなら、俺は、俺は……!」

 自分が憎い、殺してやりたいほどに。
 なんで俺はこんなにふがいないんだ。
 そうだ、あの時、流は下駄箱の影に隠れていたんだ。
 俺のあの答えを、聞いていたとしてもおかしくなかったじゃないか。
 隠れているのを分からずに言った言葉ではある。
 だけど、フォローくらいはしておけば良かったんだ。
 それを俺は、白鳥さんの事や流の殺意にばかり気を取られていたから……。
 それに、さっきだって流は自分を殺しやすいように、わざと必要のない、悪人のようなことを言ったんだ。
 どうしてそれすら気付いてやれなかったんだろう。

 「王士、苦しいですか?」
 「なんでそんなこと聞くんだ?」
 「王士、泣いてます」

 気付いてみれば、顔が涙でくしゃくしゃだった。
 いつの間にか、涙がこぼれていたみたいだ。
 俺は体を回転させて流の隣に寝転んだ。
 2人で夜闇に染まる空を見ている。

 「なあ、流……」
 「はい?」
 「思いは全部、自分に溜めずに俺にぶつけてくれ。俺からは言えないこともある。そんなときでも、おまえからの思いなら答えられるものもあるかもしれない」
 「…………」
 「おまえが苦しいときは、俺も苦しい。おまえが嬉しいときは、俺も嬉しい……と思う。だから、おまえの思い、全部俺に分けてくれ」
「王士……」
「俺が勝ったんなら、約束してくれるな?」
「はいです」

 えへへ、と流が笑った。
 屈託のない、心の底からの笑い。
 流の笑顔だ。
 つられて、俺も笑った。
 しばらくして帰るまで、2人で空を見上げながら笑った。
 そうだ。
 さっきの流の願いが本当だとしても、俺は俺として、全部受け止めてやろう。
 それが、俺にできる精一杯で唯一のことだから。









〜終〜

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