《MUMEI》

「茉理ね。」

なっちゃんはヒールを数回鳴らした。


「誰だっていい。
ただ、光に黙っているのはどうかと思う。」

国雄はポケットの中に手を入れ、互いに嫌な空気を醸し出していた。


「父さんは会いたくないの、子供なのよ。高遠光の父だった威厳を失いたくないの。」


「従うのか?」


「止めて、言いなりじゃないのよ。貴方は光ちゃんしか知らないから……父さんは不器用にしか生きられない最低な人間だけど私達にとっては父親だったの。」

なっちゃんの膝の動きが止まる。
国雄がポケットから手を出したからだ、一気に空気が張り詰めた。


「その最低な人間は光の父親でもある。
会わせて欲しい、お願いします。」

深く頭を下げた。
毛並みの良い、獣の鬣のような国雄の金髪はとても印象的だ。


「狡いやり方ね。
投げ出して、誰よりも早く愛を示す。無償の愛が時に刃となって苦しめなければいいけれど。」

なっちゃんは納得出来ていないようだ。


「詩人みたいなこと言われてもね……どんな憎い相手でも会っておかなければならない。
光には父親が必要だったのに、居なかった。光が成長しても足りてない部分があることを知っていてほしい。」

国雄は愛していたレイさんを亡くしている、ちゃんと会えなかったのだ。
その言葉の重みが伝わってくる。


「……あの人を嫌いになっても知らないんだから。」

今、なっちゃんが首を縦に振らないのは俺のため、国雄が頭を下げたのも俺のためだ。

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