《MUMEI》 ここには一階にお風呂場があって、個室でおフロが入れる。 ちゃんと浴槽もあって、シャワーも付いている。 鏡も付いていて、シャンプー、リンス、ボディーソープもある。 …やっぱりホテルの風呂場に似ているな。 そう思いながら、わたしは体を洗い始めた。 この、無性体の体を。 わたしは白髪で、アゴの辺りまで髪が伸びていた。 そして黒い切れ長の眼に、真っ白な肌。 ところがこの体は、男性として、女性としての性別を表さない。 …だから捨てられたんだろうか? この寒空の下に、あんな池の近くで。 記憶を取り戻す為に、病院の敷地内を歩く。 しかし池には近付かないようにと、医者から言われた。 あそこでうっかり落ちる人もいるからだと言う。 でもわたしは毎日通っていた。 何せ自分がいた場所だ。 何か思い出せないものかと、行って見る。 冷たい水面は、冷たい風にふかれて揺れている。 池の中を覗き込んで見ても、青さがどこまでも続いているだけで、ハッキリとした底は見えなかった。 水の中に手を入れようとした。 だが…水面に映る自分の姿を見た途端、頭の中にイメージが浮かんだ。 血の様に赤く染まった満月の夜。 池の中に『何か』を次々と放り込む、医者や看護婦達の様子。 全員無表情で、感情が感じ取られない。 池に入れられた『何か』は池の中に落ち、次々と沈み込んでいく。 前へ |次へ |
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