《MUMEI》

俺は自転車から降りて、女と向き合った。


「昔の俺は、お前と仲良かったのか?」


その途端、女の目が見開いた。


睫毛(マツゲ)を少しも揺らさず、
俺を見つめている。


「確かに昔はよく遊んでいたけど……。

それ、本気で言ってるの?」


そこで初めて、女の睫毛が不安げに揺れた。


「俺、昔の記憶消したんだ。」


「嘘…だって、蓮翔のこと覚えてたじゃない。」


「ああ……アイツと賢ちゃんなら覚えていた。」


「いた?」


「今は関係ない。」


「そんな……。」


「もういいだろ。

こんなことに時間を使いたくない。」


「りゅう…ま……。」


「だから俺の名前を気安く呼ぶな。」


再度女に背を向け、自転車に跨がろうとした。


ん?


俺どうしたんだ。


腕が勝手に動く。


内心動揺する俺とは裏腹に、
俺の右手は自然と女の頭の上に乗っていた。


「…!?」


女は驚いた表情で俺を見上げる。


「じゃ……。」


俺は必死に動揺する気持ちを押し殺して、
今度こそ女に背を向けた。

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