《MUMEI》

細く柔らかな、だが粘着質な意図が全身に纏わりつき
いきなりなソレにかわす事が出来ず、深沢は全身を捕らえられてしまっていた
「……何の真似か、聞いてもいいか?」
強くは決してない戒め、だが振り解けないソレに塗れながら
それでも深沢は至って冷静に、蜘蛛へと問う事をする
蜘蛛は何を答える事もせず深沢へと微笑んで向け
ゆるり近くへと歩み寄った
「……この村に、何故これ程まで大量の蝶が飛びまわって居るのか、お解りですか?」
身動きが取れず、されるがまま拘束されている深沢へ蜘蛛の声
無言を否の返答として返せば
蜘蛛の細々しい指が深沢の胸元を鷲掴む
「……!」
「……此処は嘗ての幻影研究、その失敗作の掃き溜めです。その所為か私達には永遠が与えられた。ですが私達の蝶には欠点があったのです」
「欠点だぁ?」
段々と胸へと喰い込んでくる蜘蛛の指
肉すら抉られ、深沢は痛みに顔を歪めながら、それでも何とか問うて返す
「はい。私達の戴いた蝶は水に中てられると死んでしまう欠陥品なのです。これでは、私達は何にも救われない」
言い終わると、漸く蜘蛛の指が離れる
抉られた肉は血を滴らせ、土の上へ朱の染みを黒く残した
「望!」
片膝をついてしまった深沢へ、滝川がその傍らへと駆け寄って
ソレと同時に、咳をする音がひどく聞こえ始める
そして後にえづく声が聞こえたかと思えば、土の上に新しい血溜まりが出来ていた
「テメェ、望に何しやがった!?」
大量に地を吐き出す深沢。その様をさも楽し気に見下す蜘蛛へ
滝川は睨みつけ、そして怒鳴りつけてやる
「別に、何も。ただ、私達の蝶の毒を少しばかりこの方の身体に入れさせて戴いただけ」
「何で!?」
「理由、ですか?それは、この方の身体を、幻影が住まえないソレにするためです」
蜘蛛が事務的に話す間も
深沢は自身の身体を掻き抱きながら蹲り、そしてもがく
「望、しっかりしろってば。望!」
苦しげな呼吸を繰り返すばかりの深沢の身体を抱いてやれば
その深沢の手が滝川の頬へと伸び
まるで縋る様な口付けをされた
舌が絡まる度に濃くなっていく鉄の味飲み下せなくなった唾液が、滝川の口元へ朱色の筋を引き
どれだけ互いを貪っていたのか、漸く唇が離れ
深沢の全身から力が抜けて行った
崩れ落ちてしまうその身体を受け止め
滝川は自身の膝を枕に、深沢の身を寛げてやる
「……これで、いいのです。これで皆が救われる」
さも嬉しげに笑う蜘蛛を滝川は睨みつけてやり
「……テメェら一体何なんだよ?一体、何が目的だ!?」
更に怒鳴りながら問うて質せば
だが蜘蛛は詳しく語る事をせず
「……これで、全てを終える事が出来る」
それだけを言い切ると、蜘蛛は唐突に深沢の周りを飛び回る幻影を引っ掴み家の中へ
その場に取り残された深沢と滝川
様々な事が一度にあり過ぎて、状況整理が追いつかない
「話は終わられた様ですね」
暫くその場で呆然としていると
正人を抱え外へと出て行ったはずの老婆の姿
その老婆は随分と身軽で
抱えていた筈の正人の姿は何処にも無かった
「あいつは?」
滝川が低く問う事をしてやれば
「さて、丁度蝶達の食事の時間でしたから」
曖昧すぎる答え
だが、言外に含まれているのは正人の完璧な死
滝川の顔から血の気が引いて行く
「ババァ、テメェ……!」
「もうお帰りなさい。雨に降られてしまわぬ内に」
滝川の言葉を途中遮ると、老婆は村の外を指で差す
その直後に、視界一面の蝶々
長く、短い一瞬の後
漸く彩りが治まったと思えば
以前と同じように景色がすっかり変わっていた
「……家の、前」
見慣れた、家の前
だが滝川は驚く事も程程に
深沢を寝かせてやることの方が先、と家の中へ
ベッドへと横たえてやれば
僅かばかり乱れた寝息がすぐ聞こえ始めた
その寝姿を滝川は眺め、頬へと手を触れさせてやる
そうしてやれば、呼吸が途端に穏やかなソレへと変わる
その事に安堵の溜息をついた直後
家の戸が叩かれる音が鳴った
「深沢、居る?」
耳に馴染みのある中川の声
他人の家にも関わらず、無遠慮に戸を開け放ち中へ
「何よ、居るんじゃない。だったら早く開けなさいよ」
苛立ったように呟く事をする中川へ

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